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映画『バックルームズ』感想|映画としては3点。でも、これでいいんだと思う。

zenzen

1994年北海道出身、福岡在住。美容師しながら映画・ゲーム・ガジェット・暮らしを実体験ベースで書いています。
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(画像は映画:バックルームズ|FILMS - A24×Happinet Phantom Studiosより)

映画『バックルームズ』を観てきた。
この映画、発表されたときから結構楽しみにしていた。

そもそもバックルームって絵的にめちゃくちゃ惹かれるじゃないですか。

黄色い壁紙。どこまでも続く蛍光灯。
人間が使うために作られたはずなのに、なぜか誰もいない空間。

それが映画になる。
そんなのお得じゃん。

しかもA24で、監督はYouTubeにバックルームの映像を投稿して世界的に注目されたケイン・パーソンズ。
現在21歳。

14歳でBlenderを触り始め、16歳で公開した『The Backrooms (Found Footage)』が大きな話題になった。

YouTubeでバックルームを作っていた少年が、そのまま本当に映画監督になってしまったわけだ。
こんなのワクワクするに決まっている。

で、実際どうだったのか。
映画としては3点くらい。(5点中ね)

映像としての興味深さ以外は、そんなにない。
ただ、それでいいんだけどね。

※ここから映画『バックルームズ』のネタバレを含みます。

そもそも「バックルーム」ってなんなのか

バックルームをよく知らない人のために、本当に軽く説明しておく。
そもそもの始まりは、一枚の画像だ。

黄色っぽい壁紙。蛍光灯。微妙に湿っていそうなカーペット。
ただの部屋なのに、なんか怖い。

この画像に「現実から間違ってnoclipするとBackroomsに落ちる」というネット上の書き込みが加わり、そこから巨大なネットミームへ発展していった。

ちなみに、この有名な写真の正体は長らく不明だった。

しかし2024年になって出所が特定され、2002年にアメリカ・ウィスコンシン州オシュコシュにある建物の改装中に撮影された写真だったことが判明している。

つまり、CGで作られた異世界でもなんでもない。

ただの改装中の部屋である。

なのに、なんか怖い。

この「なんか怖い」に世界中の人間が勝手に設定を足し、場所を増やし、怪物を作り、ゲームを作り、映像を作ってきた。

日本でいう「きさらぎ駅」や「巨頭ォ」みたいなものだと俺は認識している。

だから重要なのは、バックルームには「この人がすべてを作りました」という一人の原作者がいるわけではないということ。
今回の監督であるケイン・パーソンズも、バックルームを生み出した人ではない。

ネット上にすでに存在していたバックルームを、自分なりに映像化して大バズりした人なのだ。

バックルームの再現には執念すら感じる

この映画で何が一番良かったか。
これはもう圧倒的にバックルームそのもの。

再現度がすごい。
というより、執念すら感じた。

「一番印象に残ったシーンは?」と聞かれると、逆に難しい。
バックルーム自体が印象に残っているからだ。

「あの画像」が、そのまま動いている。

もちろん映画では黄色い部屋以外にも様々な場所が登場する。

実は、元ネタから派生して作成されたゲームがある。

それでもゲームに登場するステージを片っ端から実写化しました、みたいな感じではない。

あくまでケイン・パーソンズが作ってきたバックルームの延長として成立している。

この空間を大きなスクリーンで眺められただけでも、元からバックルームが好きだった俺としては結構満足だった。

問題は、その中で繰り広げられる物語である。

ストーリーは、あってないようなもん

もちろんストーリーがないわけではない。

主役の二人は、どちらも過去に囚われている。

クラークは元建築家志望。
しかも今回バックルームとつながった場所は、彼が経営し、住んでもいるらしい家具屋だ。

バックルームには、その記憶が不完全な形で現れているようにも見える。

一方のメアリーはセラピスト。
もしバックルームが人間の精神や記憶から何かを生み出しているのだとすれば、こちらもいくらでも物語に絡められそうだ。

おお。
なんか全部つながりそうじゃないか。

と思ったが、わかりやすくつながるような映画ではない。
「繋げて考えることもできる」という程度の見せ方。

メアリーも基本的には逃げるくらいしか見せ場がない。

クラークもバックルームそのものに魅了されてしまい、メアリーをさらうところまで行く。

「こいつ、完全に向こう側へ行ったな」と思ったら、ちょっと怒られると割とすぐ反省する。

そういう意味では、この映画の「ストーリーライン」はあってないようなもんだと思っていい。

俺は観ている間、てっきり監督自身が人間ドラマにそこまで興味を持っていないのだと思っていた。

ところが、どうやら逆らしい。

監督は「人間を描きたかった」。だとすると私の感想はちょっと皮肉

ケイン・パーソンズ本人は、長編映画ではYouTube時代のファウンド・フッテージではできなかったこととして、人間やキャラクターに焦点を当てたかったという趣旨の話をしている。

そうだったのか。

クラークが元建築家志望であること。
メアリーがセラピストであること。
二人が過去に囚われていること。

こうした設定は、YouTubeの短編映像ではできなかった「人間を描く」ために置かれたものなのだろう。

ただ、少なくとも俺には、その人物たちよりもバックルームそのものの方が圧倒的に魅力的に映ってしまった。

これは「ストーリーが存在しない」という話ではない。

監督が描きたかった人間ドラマを、監督自身が作り上げたバックルームが食ってしまっている。

なんとも皮肉な話だ。

ただ、それを完全な失敗とも思えない。

なぜなら俺がこの映画に求めていたものも、結局そこだったからだ。

モンスター映画にしなかったのは本当に良かった

バックルームはケイン・パーソンズの所有物ではない。

彼以外にも様々な人が設定や映像を作ってきたし、有名なゲームも存在する。

俺もSwitch 2で配信されたゲームを買っている。

まだやってないけど。

映画にもゲームを連想させるような場所はいくつか登場する。

でも、あくまで連想させるくらいだ。

これでゲームよろしく分かりやすいモンスターが現れて、「うわ!怪物だ!逃げろ!」という映画になっていたら、私の評価はかなり違ったと思う。

これくらいの気味悪さがちょうどいいんだ。

俺は今回、ホラー嫌いの連れと一緒に観に行った。

事前に「どんな映画?」と聞かれたので、「洋画版の『世にも奇妙な物語』みたいな感じ」と答えた。


映画を観終わったあと、ツレには文句を言われた。
ただ、事前知識として共有したこと自体はそんなに間違っていなかったと思っている。

分かりやすいお化けやモンスターが怖い映画ではない。
なんなら今作最大のヴィランはクラーク船長である。

あれも「なんだったんだよ」という感じがいい。

理由があるのかもしれない。
ないのかもしれない。

その「よく分からなさ」が、ただのモンスター系ホラーにしなかった部分でもあると思う。

16分の追加映像が一番怖い。でも、それって映画としてどうなんだ

そして日本で公開された『バックルームズ』には、本編終了後に約16分の追加映像『Everything Must Go』が付いている。

日本公開前から、この追加映像があること自体は案内されていた。

しかも日本公開前にはケイン・パーソンズ自身のYouTubeでも公開されている。

YouTube版に日本語字幕はなかったが、俺は映画館でこれを観て、かなり好きだった。

というか、ここが一番怖かった。

「あの16分が一番怖い」
「むしろあそこが本編」

という感想が出るのも分かる。
俺も分かる。

ただ、それを言い始めると「じゃあ映画としてどうなんだ」という話にもなる。

それでも、この16分を観ていて俺は別のことを考えていた。

これは本当に「次回作への伏線」を作るためだけに撮った映像なんだろうか。
もちろん本編とのつながりはある。
続編が作られるなら、何かにつながっていく可能性もあるだろう。

でも俺には、ガチのマジで、これがケイン・パーソンズの作りたかった不気味な映像なんじゃないか。とも思えた。

彼がYouTubeで作ってきたバックルームの映像は、古い記録映像のような質感を持っている。
レトロなカメラで撮影されたような映像。
あれ自体が、もはやケイン・パーソンズ版バックルームの様式美になっている。

そして俺たちも、彼の映像やそこから派生した作品を見続けてきたことで、「バックルームとはこういう映像で見るものだ」という感覚をどこかで刷り込まれているんじゃないだろうか。

レトロなカメラ映像そのものが「怖さ」になっている

ただ、ケイン・パーソンズが長年考えてきたのは様式美だけではないと思う。

この映像を使って、どうやって人間を怖がらせるか。
そこもずっと考えてきたんじゃないだろうか。

画質が悪いから奥がよく見えない。
カメラが向いていない場所は分からない。
遠くに何かが見えても、それが人なのか、家具なのか、それ以外なのか分からない。

不鮮明だからこそ怖い。

カメラを持っている人間が振り返らない限り、俺たちも後ろを見ることができない。

そう考えると、もしケイン・パーソンズが「劇映画として成立させる」という制約を全部取っ払って、自分の好きなようにバックルームを使ったホラー映画を一本撮ったらどうなるんだろう。

俺はたぶん、『REC』よろしくPOVのファウンド・フッテージ映画になるんじゃないかと思う。

もちろんこれは俺の勝手な想像だ。

実際には本人は、今回の長編でむしろ人間やキャラクターを描きたかったと言っている。

ただ、それを知った上でも、
彼が一番生き生きして見えるのは、人間ではなく誰もいない不気味な空間を撮っているときなんじゃないか。
そう思ってしまった。

本編で描こうとした人間ドラマよりも、YouTube時代から得意としてきた「意味の分からない不気味な映像」の方が俺には刺さった。

だからこそ、あの16分が一番怖かったのだと思う。

あの不気味さがバックルームなんだよ。

バックルームを「食べ散らかさなかった」のも良かった

もう一つ、この映画でかなり好感を持ったところがある。
それは、バックルームを映画側が食べ散らかさなかったことだ。

そもそもバックルームは、世界中のユーザーが勝手に作り上げてきたネットミームだ。
そこにA24という大きな映画会社が入って、一本の長編映画になる。

やろうと思えば、

「バックルームとは実は○○でした」

「この怪物が支配しています」

「この現象が起きた原因は○○です」

みたいに、映画側が勝手に「公式設定」を作ることもできたと思う。
でも、そうはしなかった。

ゲームで有名になった要素も全部取り込まない。
バックルームの正体にも答えを出さない。

元々あったものを映画の都合で全部自分たちのものにしてしまわない。

非常にお上品だと感じた。

映画としては物足りない部分でもある。

でもバックルームという、誰か一人のものではないネットミームを映画化する最初の一歩として考えると、この慎重さはむしろ正しかったんじゃないだろうか。

ラストは「コピー説」なのか?俺はそこまで考えなくていいと思う

そして、この映画のラストについては様々な考察が出ている。

食べられてしまったクラークが実は複製で、ヴィランとなったクラーク船長こそが本物のクラーク。

つまりオリジナルなのではないか。

そしてメアリーも同じ。

最後に取り調べを受けているメアリーはコピーで、ラストに映った顔の崩れたメアリーこそがオリジナルなのではないか。

まぁ、わかる。
そう考えると説明できる部分もある。

ただ、無理に映画的に考える必要もないだろう。
今作がそこを明確に匂わせていたなら俺も考えたい。
でも良くも悪くも、匂わせてすらいない。

そもそもバックルームというネットミーム自体に「犯人」や「唯一の答え」があるものでもない。

始まりだって一枚の妙な画像を見て、「ここ、なんなんだ?」だった。

だから映画になった途端、「このシーンの真相は○○で、この人物は実は○○でした」と全部に答えを求めなくてもいいんじゃないかと思っている。

分からない。
なんか気持ち悪い。
だから考えてしまう。

それくらいがバックルームには似合っている。

俺は最後、ちゃんと外には出られたんじゃないかと思っている。
コピーはできちゃったけど。

映画としては3点。それでも、またバックルームに入りたい

ここまで書いておいてなんだが、この映画を観終わった直後に俺が思ったのは、
「また観たい」だった。

これは映画としてものすごく面白かったからではない。

もしこれが『バックルームズ』ではなく、まったく別のオリジナル映画だったら、普通に「つまんなかった」で終わっていたかもしれない。

そんなレベルだ。
それでも、また観たい。

あの空間に、また入りたいのだ。

別に次はこんなホラーっぽい作品じゃなくてもいい。
もっとドリームコア的な映画でもいいと思っている。

それくらいバックルームという空間そのものに独特な魅力があって、今回の映画はそこをちゃんと活かしていた。

映画として観れば、決して完璧ではない。
ストーリーは薄い。
キャラクターも、監督が意図していたほど魅力的に描けていたとは俺には思えなかった。

しかも一番怖かったのは、本編が終わったあとの16分だった。

なかなかとんでもない映画である。
だから俺の評価は3点くらい。

でも、バックルームというネットミームを勝手に定義せず、ゲームにも寄せすぎず、自分たちだけのものとして食べ散らかさなかった。

そして何より、映画館の大きなスクリーンに「あの場所」を出現させてくれた。

映画としては3点。
でも『バックルームズ』最初の映画としては、これでよかったんじゃないか。

続編があるなら、ここからどうとでも転べる。

そのときケイン・パーソンズが次に何を見せてくれるのかは、普通に楽しみだ。

そして俺はたぶん、また観に行く。

ストーリーの続きを知りたいからではない。

また、あの場所に入りたいからだ。

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