(アイキャッチ画像はテアトルシネマグループ公式HPから)
※原作・映画の内容に触れています。
今回紹介するのは、窪美澄さんの小説と、それを映画化した『ふがいない僕は空を見た』。
この作品を「面白かった?」と聞かれると、今でも少し困る。
めちゃくちゃ爽快なわけでもないし、感動して泣いたとか、何度も見返したくなるとか、そういう作品でもない。
社会人になったばかりの頃に観た映画なのに、今でも妙に印象に残っている。
自分にとっては、そういう作品の方が案外珍しい。
私は母子家庭で育ち、その後美容師になったこともあって、昔から男性だけの環境より女性の話を聞く機会は多かったと思う。
それでもこの作品に触れたとき、「女性から見える性とか妊娠って、自分が思っている以上に知らないものなんだな」と思った。
たぶん、それがこの作品を今でも覚えている一番の理由なんだと思う。
原作小説「ふがいない僕は空を見た」について
原作は全5編からなる連作小説。
高校生の卓巳、不倫相手の主婦・里美、卓巳の彼女、貧困のなか祖母と暮らす友人、そして助産師である卓巳の母。
一つの物語を、違う人物の視点から少しずつ見ていく構成になっている。
収録作の「ミクマリ」はR-18文学賞大賞を受賞し、作品全体では山本周五郎賞も受賞、本屋大賞2位にもなった。
物語の始まりはかなり強烈だ。
高校生の卓巳が、年上の人妻・里美とコスプレをしながら関係を持っている。
完全にエロい話である。
でも読み進めていくと、不妊、妊娠、家族、貧困、介護、出産と、どんどん話が広がっていく。
エロい話だと思って読んでいたら、いつの間にか、
人間が生活するってどういうことなんだろう
みたいな話になっている。
そこが面白い。
小説を読んだ時は、正直よく分からなかった
私は映画より先に原作を読んでいる。
ただ、当時読んだ時に、「めちゃくちゃ共感した!」みたいな感覚はなかった。
むしろ、「よく分からない」という部分の方が多かったと思う。
不倫する里美の感情も、不妊治療をめぐる苦しさも、妊娠や出産も、自分には経験できないものばかりだった。
当時の自分にとっては、かなり遠い世界だったのは間違いない。
それでも妙に引っかかった。
ちなみに、そもそもなんでこの本を読んだのかは全然覚えていない。
なんでだろう。
映画「ふがいない僕は空を見た」について
映画版は2012年公開。
監督は『百万円と苦虫女』のタナダユキさん。
主演は永山絢斗さんと田畑智子さんで、窪田正孝さん、原田美枝子さんらも出演している。
上映時間は142分。
まあまあ長い。
高校生の卓巳が、コスプレ好きの人妻・里美と関係を持つところから始まり、そこから二人だけではない複数の人間の生活へ話が広がっていく。
俺が映画化を知った時、タナダユキ監督だったことは結構大きかった。
当時はまだ女性監督というものを意識して映画を見ることが少なくて、「女性が書いた小説を女性監督が映画にしたら、どうなるんだろう?」という興味があった。
今考えると結構雑な見方なんだけどね。
脚本は向井康介さんなので、「女性が作った映画だからこうなった」なんて単純にまとめられるものでもない。
それでも当時の自分が、そういう興味から観たのは確かだった
ネタバレなし感想|性の話なのに、最後に残るのは生活だった
映画にもかなり性描写がある。
というか、始まってわりと早い段階から、
おお……。となる。
ただ、不思議と観終わったあとに、「エロい映画だったな」とは思わなかった。
むしろ残ったのは、
金がない。
家族とうまくいかない。
誰かに依存する。
逃げる。
妊娠する。
子どもが生まれる。
飯を食う。
みたいな、めちゃくちゃ生活臭い部分だった。
これは原作にも感じたことだけど、映画にすると余計に強かった。
登場人物も別に立派じゃない。
むしろ大体ふがいない。
でも、完全な悪人ばかりでもない。
俺はそこが妙に好きだった。
あと、映画版でかなり印象に残ったのが永山絢斗演じる卓巳。
女性の身体に関することを目の前にした時の、
「え、俺これどういう顔したらいいの?」みたいな感じが妙にリアルだった。
当時の俺もたぶん同じだったと思う。
ここから先は、映画と原作の具体的な描写について触れる。
まだ観ていない人は、先に映画を観てから戻ってきてもらってもいい。
ここから先は映画・原作の内容に触れます
配信状況(2026年9月16日確認)
Prime Video:○ レンタル
U-NEXT:○ 見放題
Hulu:公開時に再確認
Apple TV:作品ページあり
※配信状況は変更される場合があります。
性描写は多い。でも不思議と「エロい映画」ではない
この映画で一番最初に印象に残ったのは、やっぱり性描写だった。
かなり生々しい。
特に卓巳と里美。
原作を読んだ時は、
コスプレ。
不倫。
高校生を家に呼ぶ人妻。
という情報だけで、もっと暗くて、コソコソしていて、陰湿なものを想像していた。
でも映画では全然違った。
二人でいる時の里美は、めちゃくちゃ楽しそうなのだ。
画面も明るい。
自分だけの世界に入っているようにも見える。
当時の俺は、
「女性向けAVってこういう雰囲気なんじゃない?」
とすら思った。
見たことないので完全に想像だけど。
ところが里美と夫とのSEXは全然違う。
暗い。
事務的。
同じSEXなのに、見え方が全然違う。
当時の自分にはこの対比がかなり新鮮だった。
もちろん、「女性から見たSEXとはこうである」なんて話をするつもりはない。
私に分かるわけがない。
ただ、それまで自分が映画で見てきた性描写とはかなり違って見えた。
永山絢斗の「分からなさ」が妙にリアルだった
卓巳を演じる永山絢斗さんもかなり印象に残っている。
ものすごく芝居している、というより妙に自然。
特に好きだったのが、妊娠や出産、生理用品なんかを前にした時の卓巳。
「これ……どうすればいいんだ?」
という感じがある。
生理も妊娠も出産も言葉としては当然知っている。
でも、
具体的に何が起きるのか。
どれくらい大変なのか。
そもそも聞いていいのか。
全然知らない。
一方で卓巳の母親は助産師だ。
妊娠も出産も、毎日の仕事として目の前にある。
同じ「性」からつながっているものなのに、卓巳にはぼんやりした世界。
母親には生活そのもの。
この距離感が面白かった。
窪田正孝の話になると、一気に「生活」になる
この作品で今でも覚えているのが、窪田正孝さん演じる福田。
貧困の中で祖母と暮らしながら、バイトをして生活している。
卓巳と里美の話だけ見れば、不倫だのSEXだのコスプレだの、かなり派手な話に見える。
でも福田のところまで来ると、急に地面に引き戻される。
金がない。
これが強い。
本人が何かものすごく悪いことをしたわけではない。
頑張ってないわけでもない。
でもどうにもならない。
生きていると、本人の努力だけではどうにもならないことって普通にある。
この映画はそこを妙に綺麗にしない。
「努力すれば人生は変わる!」
みたいなこともあまり言わない。
だから気持ちいい映画ではない。
でも残る。
特に終盤初めの「それだけは絶対に嫌です!!」
このシーンがすごく印象的。
自分も田舎の団地暮らしで母子家庭だったからかもしれない。
「性」を描いているのに、最後に残ったのは生きることだった
不倫。
SEX。
妊娠。
出産。
この作品にはかなり刺激の強い題材が並んでいる。
でも、今思い返した時に一番残っているのはそこじゃない。
金がない。
家族とうまくいかない。
人に依存する。
逃げる。
どうしようもないことに巻き込まれる。
それでも腹は減る。
朝は来る。
子どもは生まれる。
生活は勝手に続いていく。
そこだった。
だから『ふがいない僕は空を見た』ってタイトルも、今になると結構分かる気がする。
この作品の人間は、みんな少しずつ「ふがいない」
出てくる人間はだいたいふがいない。
どうしたらいいのか分からない。
でも、完全な悪人もほとんどいない。
みんな自分なりに生きようとしていて、それでも上手くいかない。
若い頃の俺なら、
「なんでそんなことすんの?」
と思えたことも、歳を取ると、
「まあ、人間ってそういうこともあるよな」
と思えるようになる。
それが成長なのか、ただ諦めが良くなっただけなのかは知らない。
「面白い作品」ではない。でも忘れられない
人におすすめするとしても、「めちゃくちゃ面白いから観て!」とはたぶん言わない。
暗い。
重い。
性描写も多い。
登場人物にもイライラする。
スカッともしない。
142分ある。
結構しんどい。
それでも、ずっと残っている。
何かに依存してしまう弱さ。
誰かに救われたい気持ち。
自分の意思だけではどうにもならない孤独。
そういう人間のダメな部分を、あまり綺麗にせず見せてくる。
この作品の人間は、みんな少しずつふがいない。
だから俺は今でも、この映画を「面白かった映画」と呼ぶのには少し違和感がある。
社会人になったばかりの頃に観たのに、10年以上経った今でも場面を思い出せる。
たぶん自分にとっては、
そういう作品の方が、「面白かった映画」よりずっと珍しい。
Prime Video:○ レンタル
U-NEXT:○ 見放題
Hulu:公開時に再確認
Apple TV:作品ページあり
※配信状況は変更される場合があります。
原作は映画とはまた違って、複数の人間の視点からこの話を見られる。
映画が妙に残った人なら、小説も読んでみてほしい。