自己紹介でも話している通り私は北海道の田舎出身で中学生時代はいじめに遭い
不登校になってしまった経験がある。
ちなみに私は高校時代に友人から別の地域の高校でバカにされている弟の写真をわざわざ送られたことがある。(弟もバカにされていた)
この経験を踏まえてなぜ北海道のいじめは陰湿かつ大胆で悪質ないじめが多くなってしまうのか考え、参考程度に自分の考えをまとめたいと思う。
北海道はいじめが多いと言われる理由
「北海道はいじめが多い」ということが公に世間で言われるようになったきっかけは
2021年に旭川市で発生した集団性的暴行の末に女子中学生が凍死してしまった事件を皮切りに、いくつか大きないじめが報道されたことが大きい。
女子生徒は以前からいじめ被害を受け、2021年に公園で凍死した状態で発見され、その後の再調査で「いじめ被害が自殺の主たる原因だった可能性が高い」とされた。
再調査が始まるまではほとんど報道もなく、閉鎖的な土地柄的に『いじめを黙認している』ケースがあると思われるようになった。
この事件はWikipediaにもこう記載されている。
本事件は、発生直後の段階では、北海道内の新聞やテレビなどのメディアでは、ほとんど報道されることはなかった。唯一、地元旭川の月刊雑誌『メディアあさひかわ』が、同誌2019年10月号で被害者の自殺未遂事件を報じた上で、事件と学校でのいじめとの関連について言及した。
令和6年度は北海道のいじめ認知件数が児童生徒1,000人当たり104.5件、全国平均61.3件だった。
ただし文科省自身が「認知件数が多い=悪い」とはしておらず、積極的な早期発見の結果でもあるとしている。
注目される重大ないじめが多い
この事件以外にも、旭川市ではいじめが引き金となった悲劇が続き、教育機関や自治体によるいじめ防止対策の強化が求められている。
・2022年6月から半年間にわたり当時1年生の男子生徒が校内や寮で3年生の男子4人から「死ね」「デブ」などの暴言を受け、
さらに、トイレで逆さ吊りにされてけがをしたり、肛門にドラムスティックやピンポン玉、アメなどの菓子などを挿入され動画を撮影されていた事件がこの年に発覚している。
・2024年10月にも北海道江別市の公園で男子大学生集団暴行死事件が発生。
犯人は16歳から18歳までのアルバイト従業員3人と18歳の高校生のあわせて4人とみられている。
このような事件が大きく報道されたことで、「北海道にいじめ事件が多い」という印象を持たれやすくなっているんだろう。
そして起こった、旭川女子高生殺人事件
2026年6月22日に懲役27年の判決を言い渡された「旭川女子高生殺人事件」
これもかなりの大ニュースとなってしまった。
2024年4月に北海道留萌市の女子高校生(当時17歳)を旭川市の神居大橋から転落させて殺害した事件なんだけど、
旭川地検は事案の重大性や悪質性を鑑みて、主犯格である内田梨瑚被告(当時21歳)だけでなく
事件当時に19歳だった共犯の女の氏名も公表した。
2022年の少年法改正以降、全国でも18・19歳の凶悪犯が実名公表されるケースは数えるほどしかないらしく
検察庁が「それほどまでに事案の悪質性・社会的影響が大きい」と判断した、非常に珍しい例。
検察が特定少年の実名を公表するのは北海道内では初めてらしい。
特にこの事件は全裸にする、動画を撮るなど被害者を精神的・肉体的に極限まで追い詰め、
橋の欄干に座らせて「死ね」「落ちろ」と迫り「精神的に追い詰めて飛び降りるしかない状況を作ったこと」そのものを「殺人の実行行為」として認定している。
直接的な突き落としの有無に関わらず、こうした心理的・状況的な追い込みによる殺人罪の成立は、裁判の判例としても非常に珍しい。
私が思う北海道で起こるいじめの原因
閉鎖的な土地文化と“この環境がすべて”と思い込む怖さ
とにかく1番の原因はこの「閉じた環境」の存在だと感じている。
もちろん、北海道に住んでいる人がみんな閉鎖的だと言いたいわけではないし、閉鎖的な地域だからいじめが起きると単純に結論づけることもできない。
ただ、地方で暮らした経験がある人なら分かると思うが、学校や地域によっては人間関係がかなり固定されやすい。
同じ学校に通い、同じ友人と遊び、親同士も知り合いで、学校を出ても生活圏そのものがほとんど変わらない。
都会なら「この学校が合わなくても、別の場所がある」と考えやすい。
電車に乗れば違う街へ行けるし、学校の外にも人間関係を作れる。転校や進学をきっかけに、まったく別のコミュニティに入ることもできる。
ところが、選択肢の少ない土地ではそう簡単ではない。
学校での人間関係が、そのまま日常生活のほとんどを占めてしまうことがある。
すると子どもにとって、
「この学校で嫌われたら終わり」
「このグループから外されたら居場所がない」
という感覚が生まれやすくなる。
実際には世界はもっと広いけど、地元から離れる方法を分からない人も多い。
その上、とにかく田舎なので「大学に行く」ことなんて、なんで?って感じの空気感がある。
(地元の銀行とかなら高卒で全然入れる)
報道で感じる“北海道の異質さ”
私自身、北海道から離れて改めて地元の異常性やコミュニティの狭さを実感している。
報道されるいじめの内容は壮絶で、誰もが「どうしてここまで放置されたのか」と問題視したが同様な深刻ないじめ事件が後を絶たない。
そのたびにSNSや掲示板では、「北海道のいじめは陰湿」「閉鎖的な土地柄が影響しているんじゃないか」という声が上がる。
もちろん、いじめはどの地域にもあるし、北海道だけが特別悪いということではない。
けれど、なぜ北海道のいじめはここまで“大事件”に発展しやすいのか?
その背景を考えると、個人的には「土地の閉鎖性」が大きく関わっているように思えてならない。
独特なヤンキー文化
北海道の地方で育っていて感じたのは、本州でイメージされるような「ヤンキー文化」とは少し違う空気があることだ。
もちろん地域差は大きいし、これはあくまで自分が見てきた範囲の話になる。
北海道には人口の少ない町や、若者の行動範囲がかなり限られている地域が珍しくない。
そういう場所では、同年代の人間そのものが少ない。
すると学校や地域の中で、少し派手な格好をしている人、恋愛関係の噂が多い人、容姿が目立つ人、コミュニケーション能力が高い人などが、良くも悪くも非常に目立つ存在になる。
いわゆる「ギャル」や、クラスの中心にいる男子が、地域の小さなコミュニティの中で強い影響力を持つような感覚だ。
ただ、不思議なのは、本州でイメージされるような暴走族や大人数のヤンキー集団が幅を利かせている感じとは少し違うことだ。
少なくとも自分が育った環境では、「先輩後輩の巨大なヤンキー組織があって、地域全体でつながっている」というより、それぞれの人間関係は意外と淡白だった。
北海道のヤンキー文化は、巨大な集団が力を持つというより、狭いコミュニティの中で少数の目立つ人間の発言力が必要以上に大きくなる形で現れることがあるのではないか。
そして、いじめを考えるうえでも、この構造は無関係ではないように思う。
「みんなが嫌っている」のではない。
実際には数人が強く言っているだけなのに、コミュニティが小さいことで、それがまるで全体の総意のように見えてしまう。
声の大きい人間と、人数の多い側が「普通」を決めてしまう。
そうした環境では、そこから外れた人間が孤立しやすくなる。
これは北海道特有の問題だと断定するつもりはない。
ただ、自分が地方で暮らした経験を振り返ると、人間関係が薄いことと、目立つ人間の影響力が大きいことは、矛盾せず同時に存在していたように思う。
北海道民性についても考えをまとめてみているので、ぜひみてほしい。
まとめ
地域社会の影響と自分の世界の狭さ
一番私が個人的に強く思うのは、北海道のような閉鎖的な地域社会では「自分の世界」がすべてだと思い込んでしまう心理が強く働くこと。
地域の価値観が強くなりすぎると、外部の価値観や意見を受け入れるのが難しくなる。
そのため、問題に対して「他所の人にどう思われるか」ばかりを気にし、問題の本質的な解決に向けて動けないことが多い。
また、外部とのつながりが弱い分、不満や問題を解消する手段が限られているため、問題が内向きになり、閉じ込められてしまうことが多い。
このような環境では、いじめ問題が長期化し、最終的に大きな事件に発展してしまうのも頷ける。
私も中学生、高校生の自分に「ヤンキーの奴らなんか北海道から出れば関係ないよ」と大きく伝えたい。ただ、北海道は離婚率が高く片親世帯が多いのも事実で
「北海道から出る」ことが現実的ではない人も多い。実際私もそうだったのでとてもよくわかる。
地域社会と教育現場の連携が解決への鍵
北海道に限らず、全国どこでもいじめは起こり得る問題だと思う。
しかし、北海道の閉鎖的な文化がいじめの深刻化を助長する要因となっている一因になり得るのではないかと感じる。
そのため、解決には地域社会と教育機関の密接な連携をして外部の意見を受け入れ、問題の本質を見つめ直し、地域全体で問題に取り組む姿勢が必要だと思う。

