(画像はソニーピクチャーズ バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティより)
2026年版『バイオハザード』が最高に面白かった。
嬉々としてXでみんなに報告したところ結構賛否両論だったので、疑問をぶつけたところ
結構盛り上がった。
見てみると、「ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ」の方がマシだったという声まである。
そんなバカな。
だったら、過去の実写版も改めて見てみよう。
ということで久しぶりに『バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』を見直した。
この映画、一度見ている。
ただ、驚くほど内容を覚えていなかった。
当時よりゲーム版『バイオハザード』について詳しくなった今なら、「昔は分からなかっただけで、実は結構よくできていたのでは?」と再評価できるかもしれない。
そう思っていた。
結果から言えば、ゲームを知っているので「あ、これか」と気づける部分は確実に増えた。
でも、映画としての評価は変わらなかった。
バイオファンなら楽しい。
でも映画として面白いかと言われると、僕はかなり厳しい。
むしろ最後まで見直して、以前この映画の内容をほとんど覚えていなかった理由まで分かった気がする。
『ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』はどんな映画?
2021年公開。
監督・脚本は『海底47m』などを手がけたヨハネス・ロバーツ。
ミラ・ジョヴォヴィッチ主演版とは別の世界観で、ゲーム版『バイオハザード』と『バイオハザード2』をベースに、ラクーンシティ崩壊の一夜を描いている。
クレア・レッドフィールド、クリス、ジル、ウェスカー、レオンといったゲームではおなじみのキャラクターが一斉に登場。
さらにスペンサー邸、R.P.D.、リサ・トレヴァー、ウィリアム・バーキンなど、原作ファン向けの要素もかなり多い。
監督はカプコンからスペンサー邸やR.P.D.のゲーム用資料まで提供してもらい、セット制作に活用していたという。
ネタバレなし感想|ゲームファンなら「楽しい」は分かる
この映画、ゲームをやっているほど楽しめる。
それは間違いない。
「あ、この場所!」
「この仕掛けもやるのか」
「リサまで出すの?」
みたいな瞬間がかなり多い。
旧『バイオ2』にあった、レオンが彼女に振られてヤケ酒し、初出勤に遅れたという細かい設定まで拾っている。
ここまでやるあたり、監督が原作を適当に扱っているわけではない。
ただし。
ゲームを知っているから楽しいことと、映画として面白いことは別だった。
僕は今回そこが一番引っかかった。
キャラクターは原作とかなり違う。
ジルは自己紹介されるまでジルだと分からなかったし、レオンに至っては『RE:3』のカルロスにしか見えない。
クリスとウェスカーも、途中で「今どっちだっけ」となる。
監督は原作そっくりの俳優を並べた「コスプレ映画」にしたくなかったと話しているが、コスチュームの寄せ方とかは
いや、映画自体は十分コスプレしてるだろ。
とは思ってしまう。
さらにホラー映画としても、個人的にはそこまで怖くなかった。
ジャンプスケアも「そろそろ来るな」と思ったところで来るものが多く、2026年版のザック・クレッガー監督作を見た直後だと、カメラワークや緊張感の作り方の差がかなり大きく感じた。
見てない人はこっちの感想もぜひ見てほしい。
『ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』はどこで見られる?
2026年10月時点では、U-NEXTで見放題配信中。
U-NEXT公式ページでも見放題作品として掲載されている。
Huluでも見放題配信されており、字幕版・吹替版の両方が確認できる。
現在の配信状況は各動画配信サービスでご確認ください。
※配信状況は変更される場合があります。
ここからネタバレあり
ここからはキャラクター設定、終盤の展開、Gウイルス感染後のバーキンなどについて触れる。
未鑑賞なら、先に本編を見てから戻ってきてほしい。
小物はゲームそのもの。でもキャラクターは「誰?」
この映画で一番不思議なのがここ。
スペンサー邸、R.P.D.、ピアノ、隠し通路。
ロケーションや小物を見ると、「なんとかゲーム版バイオを実写に持ってこよう」という気持ちはめちゃくちゃ感じる。
その一方で人物はかなり自由。
特にジル。
自己紹介した瞬間、あ、あなたがジルだったんですね。
とちょっと笑ってしまった。
レオンも見た目だけなら完全にカルロス寄り。
監督は「原作そっくりにして巨大なコスプレ映画にしたくなかった」と説明している。
言いたいことは分かる。
でも背景も小物も仕掛けも徹底的にゲームへ寄せている以上、人間だけ突然「似せる必要はない」となると、どうしてもチグハグに感じる。
情けないレオンも見慣れない。
映画版レオンはとにかく頼りない。
二日酔いで初出勤からグダグダ。
ゾンビを撃つときにも大声。
「いや、こんなのレオンじゃないだろ」と思う。
二日酔いで初出勤に遅れたという部分自体は、旧『バイオハザード2』に存在した公式設定。
『RE:2』では目立たなくなった設定を、わざわざ拾っている。
これは正直、そこ拾うんだ。
とは思った。
ただ、元ネタが正しいことと、この映画のレオンがレオンに見えることは別。
新人だから未熟なのは分かる。
でもリアクションがあまりに大きく、終始コメディリリーフ寄りだと、
元ネタは合ってるのに、完成品はやっぱりレオンじゃない。
となる。
ゲームを忠実に再現すれば映画として面白くなるわけではない
ピアノの仕掛けなんかが分かりやすい。
ゲームなら自分で屋敷を探索して、「何だこのピアノ?」と調べ、仕掛けを解いた結果、壁が動いて隠し通路が現れる。
プレイヤー自身が発見するから面白い。
ところが映画で、
誰かがピアノを弾く。
壁が動く。
隠し通路が現れる。
と、そのままやられると、結構シュールである。
「ゲームでやったやつだ!」とは思う。
でも、実写化したら絶対陳腐になりそうなところまで、本当にそのままやらなくてもいいだろ。
とも思う。
ゲームと映画は違う。
プレイヤーが能動的に操作することで成立していた仕掛けを、そのまま受動的に見る映像へ移しても同じ面白さにはならない。
ここに、この映画の最大の問題がある気がする。
『ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』なのに街が静かすぎる
タイトルを聞いたら、もっとラクーンシティそのものを見せてくれると思うじゃん。
市民が逃げる。
道路が封鎖される。
警察が混乱する。
感染者が増えていく。
街全体が徐々に地獄になる。
でも実際の映画では、ラクーンシティは最初からかなり寂れている。
これは映画独自の設定。
アンブレラの撤退によって街が衰退し、出ていけない人たちだけが残っているという、企業城下町の末期みたいな場所になっている。
アイデア自体は悪くない。
ただ、映画でそこを十分掘っていないので、
「エキストラを置く予算がないから街を過疎化させたのでは?」
と思えてしまう瞬間がある。
『ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』と言われて期待した街の崩壊映画とは、かなり違った。
射影機の場面で一気に低予算感が出る
途中で射影機を使って映像を見る場面がある。
あそこ、個人的にはかなり気になった。
プロジェクター自体が悪いわけじゃない。
古い機械と暗い部屋なんて、本来ホラーと相性がいい。
なのにこの映画では、 CGと投影してる感が満載。
低予算ホラーでも、照明や構図で安さを隠したり、逆に武器にする映画はいくらでもある。
だから僕が気になるのは予算額ではなく、
画面が安く見える瞬間を、そのまま見せてしまう演出だと思う。
ミラ・ジョヴォヴィッチ版も高尚な映画ではない。でも覚えている
もちろんミラ・ジョヴォヴィッチ版だって、海外批評家から絶賛され続けてきたようなシリーズではない。
第一作も製作費3500万ドル程度の中規模ジャンル映画から始まっている。
ただ、世界興行収入は1億ドルを超え、その後シリーズは大きく成長していった。
俺も「映画史に残る高尚なホラー」だとは思っていない。
ただ、一作目を思い出せと言われれば、
レッドクイーン。
レーザートラップ。
ハイブ。
列車。
ラストの荒廃した街。
映像として覚えているものがちゃんとある。
一方、『ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』は一度見ていたのに、本当に内容を覚えていなかった。
今回改めて最後まで見て、やっぱり記憶に残る画が少なかったんだな。
と思った。
ホラー監督なのに、怖さでも2026年版に及ばなかった
ヨハネス・ロバーツ監督は『海底47m』などを撮ってきたホラー畑の人。
しかも本作では、過去の実写版より怖い『バイオハザード』へ戻すことを明確に狙っていた。
だがあまり怖くなかった。
特に2026年版の直後だから差が大きかった。
ザック・クレッガー監督の映画は、画面の奥に何かがいる気がする。
何も起きていない時間にも、「どこから来る?」と勝手に探してしまう。
カメラそのものに視線を誘導される。
『ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』には、その感覚がかなり薄かった。
僕自身、ホラー映画なら何でも好きという人間ではない。
それでも今回2本続けて見たことで、ザック・クレッガーってやっぱり上手いんだな。と、むしろ2026年版の評価が上がってしまった。
主人公が強い時点でサバイバル感も薄くなる
もう一つ大きいのが主人公。
こちらにはクリス、ジル、レオン、クレア、ウェスカーがいる。
ゲームファンからしたら全員知っている。
基本的に、まあ、この人たち何とかするだろ。という面子だ。
2026年版はそこを逆にしている。
主人公は普通の医療配送員。
バイオの有名キャラではない。
何なら弱い。
だから「この人本当に生き残れるの?」という不安がある。
ゲームのキャラクターを再現するより、
弾薬が足りない。
暗い場所へ行きたくない。
次の部屋を開けたくない。
というゲームを遊んでいるときの感覚を映画に持ってきている。
ここが個人的には決定的な差だった。
2026年版はゲームの登場人物やストーリーを直接再現するより、ゲームを遊んでいるときの体験を映画にしようとしていた。
逆に2021年版は、ゲームに出てきた物を映画にしようとしていた。
この違いはかなり大きいと思う。
リサ・トレヴァーまでいる。「原作のコラージュ」としては豪華
『ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』は『1』と『2』を一本の映画へまとめている。
だから、とにかくいろんなものが出てくる。
R.P.D.があって、
スペンサー邸があって、
バーキンがいて、
リサ・トレヴァーまでいる。
「そんなところまで持ってくるの?」という楽しさは確かにある。
ただ、その結果、バイオ1と2の印象的な部分を集めたコラージュみたいにもなっている。
それぞれの要素を知っている人には楽しい。
でも映画だけ見ている人にとって、それぞれがどれくらい重要なのかはあまり伝わらない。
元ネタを知っていることを前提にしたファンサービスの割合がかなり多い。
ファンサービスが目的ならCG映画でよくないか
ゲームファンなら確かに楽しい。
そこは否定しない。
僕だって、
「この場所!」
「それ出すんだ!」
と思った場面はいくつもある。
ただ、それを楽しむためだけなら、やっぱり『ダムネーション』みたいなCG映画でよくないか。
とも思ってしまう。
実写映画を一本作るなら、ゲームを知らない人でもホラー映画として楽しめて、その上で原作ファンがニヤリとできる。
僕はそっちを期待する。
ファンサービスが映画そのものより前に出てしまうと、知っている人には楽しくても、知らない人には何も残らない。
「ゲームファンには楽しい」と「映画として面白い」は別
だから、この映画を好きなバイオファンがいること自体はよく分かる。
元ネタが多いから。
でも、「原作ファンなら楽しめるから良い映画」という評価には、僕はあまり乗れない。
映画なら、まず映画として面白くあってほしい。
ゲームを知らない人が見たとき、
このキャラクターたちに興味を持てるのか。
リサ・トレヴァーが出てきて嬉しいのか。
ピアノで隠し通路が開いて興奮するのか。
たぶん、かなり厳しいと思う。
「知っている人だけ楽しい」が作品の中心になってしまうと、それは映画そのものの力とは少し違う。
再鑑賞しても評価は変わらなかった
今回見直す前は、少し期待していた。
ゲームを以前より知っている。
制作背景も調べた。
監督が旧作の細かい設定まで拾っていることも分かった。
カプコンと協力してセットを作っていたことも分かった。
適当にIPを使った作品ではない。
むしろ調べれば調べるほど、この監督、バイオ好きなんだな。とは思う。
それでも映画の評価は変わらなかった。
ゲームを知ったことで、
楽しくはなった。
でも、
面白くはならなかった。
以前一度見たのに、ほとんど内容を覚えていなかった。
今回最後まで見直して、
これは記憶に残らなかったわけだ。
と妙に納得した。
そして皮肉なことに、この映画を見直したことで、2026年版『バイオハザード』とザック・クレッガー監督のことを、前より好きになってしまった。
ゲームの小物を再現することと、ゲームの体験を映画にすることは違う。
この2本を続けて見ると、その差がかなりよく分かる。
『ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』を見て確かめてみてほしい
ここまでかなり厳しく書いたけれど、ゲーム版『バイオハザード』が好きなら、一度見ておく価値はあると思う。
スペンサー邸、R.P.D.、リサ・トレヴァー、旧作由来のレオン。
「あ、これ知ってる」が次々出てくる映画だからだ。
そして僕とは逆に、「こういう原作ネタだらけの実写版が見たかった」と思う人もいるはず。
自分で見て、「楽しい」と「面白い」は同じなのか。確かめてみてほしい。
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