(画像はワーナー・ブラザーズ公式HPから)
超とっく前の話なんだけど、2025年春、永野芽郁と田中圭をめぐる不倫疑惑が大きく報じられた。
双方の所属事務所は不倫・交際の事実を否定しているので、その真偽についてここで何か言うつもりはない。
ただ、ニュースを見ていてふと思い出した。
そういえば、この2人って『そして、バトンは渡された』で親子役だったな。
2021年公開の映画で、永野芽郁が主人公・優子、田中圭が義父の森宮さんを演じている。石原さとみ、大森南朋、市村正親らも出演する。
原作小説は昔読んだことがあったものの、映画版はまだ観ていなかった。
なら、この機会に観てみるか。
そんな結構どうでもいい理由で、公開から数年経ってようやく視聴した。
結論から言うと、原作より「泣ける映画」に作り替えようとした結果、自分には少しやりすぎに見えた。
キャストはかなりいい。
作品として退屈でもない。
ただ、原作を読んでいた自分からすると、「こんな話だったっけ?」がずっと付きまとう映画だった。
ちなみに広末涼子も釈放のタイミングで再放送できないドラマである「聖者の行進」をレビューしているのでこちらもぜひ。
『そして、バトンは渡された』とは
『そして、バトンは渡された』は、瀬尾まいこの同名小説を原作とした2021年の映画。
原作は2019年の本屋大賞を受賞している。
映画版では永野芽郁、田中圭、石原さとみらが出演し、前田哲監督がメガホンを取った。
主人公は森宮優子。
幼い頃から親が何度も変わり、名字も4回変わっている。
普通なら、「複雑な家庭環境で育った可哀想な少女」になりそうな設定だ。
ところが優子本人は案外あっけらかんとしていて、現在は料理好きな義父・森宮さんと2人で暮らしている。
一方、石原さとみ演じる梨花と、幼い娘“みぃたん”の物語も並行して描かれる。
自由奔放な梨花は何度も夫を替えながら、みぃたんを連れて生活している。
一見すると、まったく別の2つの家族。
それが物語の中で少しずつ交差していく。
映画公式も、この「2つの家族」と、彼らが抱える「嘘と秘密」をかなり前面に出している。
“バトン”は本当におばちゃんから渡された
そもそも私がこの作品を知ったきっかけは、関西で美容師をしていた頃。
担当していたお客さんのおばちゃんから、「これ面白いよ。感動したわ」と瀬尾まいこの原作小説『そして、バトンは渡された』を渡された。
自分から本屋で見つけていたら、多分読んでいなかったと思う。
読み終えたあと返そうとしたら、「私もう読んだし、あげるわ」と言われ、タイトル通り、本当にバトンを渡されてしまった。
今も家のどこかにある。
ちなみに原作を読んだ時から、「めちゃくちゃ感動した!」というほど刺さっていたわけではない。
でも独特の温度感が好きだった。
親は何度も変わる。
大人たちにはそれぞれ問題もある。
それでも優子は、その時々の親からちゃんと愛情を受け取っている。
ものすごく乱暴にまとめると、「とんでもない家庭環境だけど、案外なんとかなりました」くらい。
俺にはそこが、この小説の面白さだった。
ネタバレなし感想|映画はかなり「泣かせる」方向になった
映画を観てまず思ったのは、「こんなにミステリーっぽい話だったっけ?」ということ。
梨花とみぃたん。
優子と森宮さん。
2つの時間軸を交互に見せながら、梨花が何を考えているのかを意図的に分かりにくくする。
映画公式の宣伝も
「命をかけた嘘」「秘密」「最大の感動」
といった言葉をかなり強く使っていて、原作よりも明確に“謎を解いて泣く映画”として組み直されている。
公式も公開前から映画オリジナルのラストがあることを案内していた。
これ自体が悪いわけではない。
キャストもかなりいい。
永野芽郁の優子は、複雑な家庭環境のわりに妙にふわっとしている原作の優子と合っている。
石原さとみの梨花も、「この人なら何人も男を振り回してても成立するな」という説得力がある。
田中圭も爽やかすぎる気はするけど、森宮さんとして普通にいい。
映画だけ観れば、かなり見やすい感動作だと思う。
ただ、原作を知っている俺は、映画が進むほど違和感が増えた。
そこまでドラマチックにしなくてもよかったんじゃないか。
特に、梨花について。
ここから先は、その話をガッツリする。
ここから原作・映画ともにネタバレあり
まだ映画を観ていない人は、ここで一度止めた方がいい。
配信状況(2026年9月16日確認)
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映画を観て最初に思った。「こんな話だったっけ?」
原作を読んだのはかなり前。
だから映画を観始めた時は、「自分が忘れてるだけかな」と思っていた。
でも、観れば観るほど違和感が増えていく。
高校生の優子は学校で「男好き」扱いされて、少し孤立している。
お前は何をしたんだ。
梨花とみぃたんの話。
優子と森宮さんの話。
時間軸も交互に切り替わる。
そして梨花は、金のある男性を次々と利用しているように描かれていく。
こんなミステリーみたいな作品だったっけ。
と思った。
原作では高校生の優子を中心に過去を振り返っていく。
一方、映画では幼い優子を“みぃたん”として切り離し、別の家族の物語であるかのように配置している。
ここから、映画が何をしたかったのかがかなり分かってくる。
原作と映画の大きな違い①「みぃたん=優子」を隠す
映画版最大の仕掛けの一つ。
前半では、梨花とみぃたん
そして、優子と森宮さん
が別々の家庭であるかのように描かれる。
やがて、みぃたんは幼い頃の優子だった
と明かされる。
原作を知らない人は、「えぇ!? ミィちゃんって永野芽郁の過去なんだ!?」となったんだろうか。
小説を読んでいる勢は絶対引っ掛からないと思う。
とっくに。
とっく。
超とっくに分かっていた。
俺も、「まあ優子だよな」くらいで観ていた。
だから映画側が、「実はこの2人は同一人物でした!」と見せようとしていること自体に、若干乗れなかった。
もちろん原作を知らない人なら、結構驚いたのかもしれない。
そこは否定しない。
ただ、この仕掛けを成立させるために時系列が複雑になり、梨花の行動まで意図的に怪しく見せている。
結果として、家族の話より“種明かし”が前に出ているように感じた。
これが最初のモヤモヤ。
原作と映画の大きな違い② 梨花は原作では死なない
そして一番びっくりしたのがこれ。
映画終盤で、石原さとみ演じる梨花が亡くなっていたことが明かされる。
観ながら、「え? 梨花って死んだっけ?」となった。
かなり昔に読んだので、自分の記憶がおかしいのかと思った。
でも違う。
原作の梨花は死なない。
映画では原作とは異なるオリジナルラストが採用されていること自体、公式からも告知されていた。
原作では生きていて、最後の結婚式にも登場する。
映画版最大級の改変だ。
映画を観ながら、
「こいつ死ぬんだっけ……?」
「しかもこんな急に……?」
「どうだったかな……」
とモヤモヤしてしまった。
梨花を死なせる必要はあったのか
映画としての狙いは分かる。
梨花が病気になる。
娘には言わない。
姿を消す。
そして亡くなっていたことが判明する。
そりゃ泣かせやすい。
実際、映画自体が公開時からかなり「感動」「涙」を前面に出していた。
ただ、俺はむしろここで少し冷めてしまった。
原作の良さって、血の繋がりがなくても、誰かが劇的に死ななくても、それまで受け取ってきた愛情は残っている。
というところだったと思う。
それがタイトルの“バトン”だった。
でも映画では、梨花は病気でした。
実はずっと優子を愛していました。
そして亡くなりました。
と、感情を一気に最大まで引っ張る。
もちろん、ここで泣いた人が悪いわけではない。
映画としてはこちらの方が分かりやすく感動できる。
でも俺は、「そこまでしないとダメだったか?」と思ってしまった。
原作では泉ヶ原さんは普通に優子へ梨花の所在を教えていて、優子は生きている梨花にちゃんと会える。
映画では病気を隠してフェードアウトしたあと、亡くなった事実だけが後から優子へ伝えられる。
そこも少し不自然に感じた。
終盤で、「みんなから愛されていたんだよ」という流れになるのと同じくらいのタイミングで梨花の死まで伝えられる。
だから俺は泣くより、「なんで今、死まで足したんだ?」の方が先に来てしまった。
映画では、「水臭いよ! 梨花さんは私にとって本当のお母さんなんだよ?」みたいなやり取りもない。
死んでいるので。
一番苦手だったのは「どんでん返し優先」に見えたこと
結局、映画を観終わって一番引っかかったのはここだと思う。
梨花は前半、自分勝手で、金のある男を利用しながら渡り歩く女性に見えるよう演出されている。
優子のためだとは分からない。
実父から届いた手紙まで隠す。
突然姿を消す。
観客にも、「この人なんなんだ?」と思わせる。
自由奔放な“魔性の女”が、金のありそうな男たちを次々手玉に取って渡り歩いているように見える。
優子も森宮さんも、「ああ、梨花ってそういう人だから」と受け止めているように見える。
そこから後半、「実は全部、優子のためでした」とひっくり返す。
みぃたんと優子を別人に見せる構成も含めて、「後半で真相を知って泣いてください」という作りがかなり強い。
でも俺は、その仕掛けに乗るより、梨花、やってること普通にひどくない?が先に来てしまった。
実父からの手紙を娘に渡さないのも、「愛情です」と言われても困る。
この辺は原作を読んだ時から多少思っていたけど、映画ではさらに強調されていた。
優子、別にそんなに成長してない問題
あと、優子についても少し思う。
めちゃくちゃ温室育ちで、「いつか飲食店してぇな〜」くらいに考えながら、とりあえず彼氏と結婚したい。
この時、二人ともバイト生活。
そこへ森宮さんが、1500万円の預金を見せて、「ピアノを買って、防音室のある家に引っ越そう」くらいのことまで言う。
東大卒の義父、強すぎる。
いいなぁ。
それぞれの親との絆が映画の中で深まっていく様子も、俺には少し薄く見えた。
優子がしっかり「家族」として認識しているように見えるのは、実父と森宮さんくらい。
その森宮さんとも、どこか妙な距離感がある。
最後には、「梨花の異変に気づかなかったくせに」みたいな悪態までついてくる。
いや森宮さん、かなりやってるぞ。
愛があれば全部OKというわけではないだろう。
それでもキャストはかなり良かった
ここまで結構文句を言ってきたけど、キャストは基本的に好き。
永野芽郁の優子はかなり合っている。
家庭環境だけ聞けば悲壮感が出そうなのに、本人はふわっとしている。
原作の優子にもそういうところがあるので、相性がいい。
石原さとみの梨花も納得。
華やか。
自由奔放。
男性を振り回しても妙に成立する。
映画版では原作以上に“魔性の女”として派手になっているので、かなりハマっていた。
田中圭演じる森宮さんについては、もう少し地味な人を想像していた。
東大卒。
料理が得意。
とにかく優しい義父。
原作を読んだ時はもっと冴えない感じを想像していたので、
「田中圭だとちょっと爽やかすぎない?」
とは思う。
でも、この映画の方向性には3人とも合っている。
原作と映画、どちらがおすすめ?
これはかなり好みが分かれる。
原作がおすすめなのは、
- 静かな家族小説が好き
- 大げさな感動演出が苦手
- 優子と歴代の親たちの関係をじっくり読みたい
- 「家族とは何か」を穏やかに味わいたい
という人。
一方、映画がおすすめなのは、
- 泣ける邦画が好き
- 謎や種明かしのある構成が好き
- 永野芽郁・石原さとみ・田中圭が好き
- 約2時間で分かりやすく感情を動かされたい
という人。
映画版が悪い作品だとは思わない。
むしろ原作より映画の方が好きという人がいても、全然不思議ではない。
狙っているものが違う。
これに尽きると思う。
「小説くらいの面白さ」だった。でも違いを見るのは面白い
元々、俺は原作にもそこまで強くハマっていない。
だから映画を観ても、「原作を台無しにされた!」という怒りはない。
感想としては、小説と同じくらい。
でも、原作と映画を比べるのはかなり面白かった。
穏やかな家族小説を、どうすれば2時間ちょっとの“泣ける映画”にできるのか。
そのために、
時系列を入れ替える。
みぃたんと優子を分ける。
梨花をより怪しく見せる。
ドラマを追加する。
そして梨花を死なせる。
俺が映画を観てモヤった部分は、だいたいこの方向性から生まれていた。
俺は原作の、「色々あったけど、案外みんな普通に生きていく」くらいの温度の方が好きだった。
だから映画版の、「実は全部愛でした。そして泣いてください」という作りには、少し乗りきれなかった。
とはいえ、2025年の不倫疑惑報道をきっかけに、公開から何年も経ってこの映画を見ることになるとは思わなかった。
映画を見る理由なんて、案外そのくらい適当でいいのかもしれない。
原作を読んだ人なら、「ここ、なんで変えたんだろう?」を考えながら観るのも、この映画の楽しみ方の一つだと思う。
Prime Video:○ 見放題/レンタル・購入
U-NEXT:○ 見放題
Hulu:○ 配信中
Netflix:― 日本では現在視聴不可
Apple TV:○ レンタル・購入
Prime Video、U-NEXT、Huluで現在配信が確認でき、Netflix公式では日本からは現在視聴できない表示になっている。
※配信状況は変更される場合があります。
そして映画を観て、「映画になる前は、どんな話だったんだ?」と思った人には原作もおすすめしたい。
映画ほど「泣かせる」方向へ振っていないので、かなり印象が違う。
