(画像はAmazon.comREX恐竜物語 デジタル・リマスター版より)※この記事には広告・PRを含みます。
1993年に公開された日本映画『REX 恐竜物語』が、2026年12月にアメリカで劇場公開されるらしい。
しかも、アメリカでの本格的な劇場公開は今回が初めてだという。
なんで今さら『REX』なんだろう。
気になって調べてみると、U-NEXTで見放題配信されていたので、早速見てみることにした。
そして106分後。
なんだったんだ、この映画。
いや、つまらなかったと言ってしまうのも少し違う。
序盤は意外と楽しめていたし、恐竜のアニマトロニクスは今見ても素晴らしい。1990年代の日本映画らしい雰囲気にも魅力がある。
ただ、物語が進むにつれて、どんどん何を見せられているのか分からなくなっていく。
まるで夢を見ているようだった。
夢って、見ている最中はそれなりに筋が通っている気がするのに、目が覚めて振り返ると、場面が全然つながっていなかったりする。
『REX 恐竜物語』は、まさにそんな映画だった。
今回は、2026年になってアメリカで公開されるというニュースをきっかけに鑑賞した『REX 恐竜物語』について、率直に感想を書いていこうと思う。
『REX 恐竜物語』の作品情報とあらすじ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | REX 恐竜物語 |
| 公開日 | 1993年7月3日 |
| 監督 | 角川春樹 |
| 主演 | 安達祐実 |
| 出演 | 大竹しのぶ、渡瀬恒彦、常田富士男ほか |
| 配給 | 松竹 |
| 上映時間 | 106分 |
あらすじ
母親との関係に寂しさを抱える少女・千恵は、父親たちとともに不思議な恐竜の卵に出会う。
その卵から生まれたのは、絶滅したはずの恐竜の赤ちゃんだった。
千恵は恐竜を「REX」と名付け、母親のように世話をするようになる。
しかし、REXの存在が世間に知られると、大人たちは恐竜を利用して利益を得ようとし始める。
母親を求める千恵と、同じく母親を恋しがるREX。
やがて二人は大人たちのもとを飛び出し、北海道の雪景色の中で冒険を繰り広げる。
こうしてあらすじだけ読むと、王道のファミリー映画に思える。
実際、母親の愛情を求める少女と恐竜の物語という中心のテーマは分かりやすい。
ただ、そこへ至るまでの道のりが、想像以上に奇妙。
ちなみに俺の地元も北海道なので、すぐにわかった。
ロケ地は主に十勝地方で、現在は存在しないグリュック王国でも撮影されたらしい。
REXのアニマトロニクスは今見ても素晴らしい
まず最初に驚いたのは、REXそのものの出来だ。
本作の恐竜製作には、『E.T.』などで知られるカルロ・ランバルディが関わっている。
これが本当によくできている。
目の動き、口元の表情、ちょっとした首の傾け方。
REXには、ちゃんとそこに生き物がいるような存在感がある。
特に安達祐実と触れ合っている場面がいい。
少女と恐竜が同じ空間にいることに、それほど違和感がない。
今ならCGで作ってしまいそうな場面でも、実際にそこに造形物があるからこその説得力があるんだと思う。
もちろん、作り物だと分かる瞬間もある。
でも、作り物だと分かること自体が悪いわけではない。
例えば『E.T.』だって、今見れば作り物だと分かる。それでも、あの生き物に感情移入できる。
『REX』にも、そういう魅力は確かにあった。
むしろ今の日本映画でも、こうしたアニマトロニクスをもっと活用していいんじゃないかと思ったくらいだ。
問題は、REX以外の映像が追いついていないこと
ところが、REXの出来がいいからこそ、周囲の映像の粗さが目立ってしまう。
例えば、REXがテーブルの上を歩く場面。
動きが少し不自然で、それまで感じていた生き物らしさが薄れてしまう。
さらに、サンタクロースの衣装を着て踊る場面では、REXが急に大きくなったように見える。
それまでの大きさと違いすぎて、さすがに気になった。
終盤に登場するムー文明の遺跡もそうだ。
合成されたモアイ像のようなものが大量に並ぶ光景は、正直かなり人工的に見える。
REXという恐竜は本物みたいなのに、REXが生きている世界の方が作り物に見えてしまう。
これは本作の大きな弱点だったと思う。
アニマトロニクスが優れているからこそ、それに見合う背景や演出をもっと見たかった。
演技は意外と自然。でもBGMがとにかく90年代
古い日本映画を見ると、芝居や台詞回しに時代を感じることがある。
ところが『REX』は、そこまで古臭く感じなかった。
安達祐実をはじめ、俳優たちの演技は比較的自然だ。
昔の映画でたまに見かける、いかにも作られたような台詞回しもそれほど気にならない。
むしろ時代を感じたのは、編集と音楽だった。
特にBGM。
冒頭から、なんというか、90年代のエロゲみたいな音楽が流れている。
別に悪いというわけじゃない。
ただ、「ああ、この時代ってこういう音楽を使っていたよな」と感じる。
場面によっては、ドラクエの間の抜けたシーンで流れそうな曲が鳴ったり、妙に壮大なオーケストラが流れたりする。
オルゴールにクリスマスソング、そして米米CLUB。
とにかく音楽が忙しい。
追跡劇では、それまで勢いよく流れていたBGMが途中で突然なくなる場面もあった。
あれはなんだったんだろう。
映像のつなぎ方にも、時折不思議な飛躍がある。
さっきまで夜だったのに、次の場面ではもう朝。
説明が足りないというより、映画がこちらを置いて先に進んでしまうような感覚だった。
90年代の日本の雰囲気を楽しめる映画ではある
ここは本作の好きなところでもある。
北海道の雪景色、洋風の建物、クリスマスの飾り付け、当時のCM、音楽。
画面のあちこちに、1990年代の日本の空気が残っている。
今の映画ではなかなか味わえない雰囲気。
特に冬の街並みは印象的だった。
どこかテーマパークのような、現実から少し離れた景色。
そこを少女と恐竜が歩いている。
物語としては変なのに、映像の雰囲気だけは妙に記憶に残る。
ただし、これを映画の完成度と混同したくはない。
90年代の日本を楽しめることと、映画自体が面白いことは別だ。
当時見ていたらもっと楽しめたのか、と考えてもみた。
でも、たぶん当時見ていても、物語の展開には困惑したと思う。
『REX 恐竜物語』はU-NEXTとHuluで見放題
2026年10月現在、『REX 恐竜物語』はU-NEXTとHuluで見放題配信されている。
Amazon Prime Videoなどではレンタル配信も行われている。
私は今回、U-NEXTで鑑賞した。
こういう1990年代の日本映画、それも今ではなかなか話題にならない作品を見放題で楽しめるのはありがたい。
映画そのものの評価は厳しくなったけれど、こうした作品に出会えることも動画配信サービスの魅力だと思う。
現在の配信状況は各動画配信サービスでご確認ください。
※配信状況は変更される場合があります。
※配信状況は2026年10月時点の情報です。最新の配信状況や料金、無料トライアルの適用条件は各公式サイトをご確認ください。
ここからネタバレあり|一体どこへ向かっている映画なのか
ここからは物語の結末まで触れていく。
恐竜の便秘から、なぜか芸能界へ
REXが誕生するまで、映画は意外と時間をかける。
母親と千恵の関係や遺跡の謎が描かれ、ようやく恐竜が生まれる。
そして生まれたREXは、便秘になる。
恐竜の絶滅には便秘が関係していたという話まで飛び出す。
この時点で少し面食らった。
ところが、その後はもっとすごい。
REXが人気者になり、テレビCMに出演し始めるのだ。
角川文庫にピップエレキバン。カレーのCMまである。
恐竜が発見されたと思ったら、いつの間にか芸能活動をしている。
しかも撮影現場では大人たちに酷使され、REXも千恵も疲れ果ててしまう。
なんだか妙に生々しい。
恐竜映画を見ているはずなのに、芸能界の搾取を描いた映画みたいになってきた。
さらにREXの権利を巡って、大人たちの金銭的な思惑まで絡んでくる。
もちろん、REXを商売道具として扱う大人たちと、REXを一匹の生き物として愛する千恵の対比は理解できる。
ただ、映画の方向性が次々と変わっていくので、どこに気持ちを置けばいいのか分からなくなる。
恐竜が標本を見て泣く場面はよかった
そんな中でも、印象に残った場面がある。
REXが恐竜の標本を見つめる場面だ。
千恵はREXがその標本を母親だと思っているのではないかと感じる。
そしてREXは悲しそうに泣き崩れる。
ここは素直によかった。
REXが母親を求めていることが、台詞で説明されるだけでなく、ちゃんと伝わってくる。
アニマトロニクスの表情も生きている。
こういう場面をもっと見たかった。
クリスマス、馬車、スノーモービル、そして気球
母親に会いたい千恵とREXは、大人たちから逃げ出す。
ここからは、ほとんど追跡劇になる。
馬車に乗ったり、トラックに飛び乗ったり、スノーモービルで追いかけられたり。
そして最後は気球で逃げる。
途中ではREXがサンタクロースの格好をして、千恵と一緒に米米CLUBの「GOOD NIGHT」に合わせて踊る。
一体何を見せられているんだろう。
でも、この場面の奇妙な楽しさは嫌いじゃない。
REXの大きさが急に変わって見えるのは気になったけれど、あの時代の日本映画らしい、妙に豪華で無邪気な場面だった。
それにしても、次から次へと出来事が起きる。
その割に、それぞれの場面が物語のどこにつながっているのか分かりにくい。
夢の中で、なぜか自分が追われていて、気づいたら気球に乗っていた。
そんな感じだ。
ミサンガが切れたら願いが叶う。最後はムー文明へ
終盤、千恵とREXは雪の中でクリスマスを迎える。
千恵がオカリナを吹き、ダイヤモンドダストが現れる。
すると母親たちがやって来る。
シャララーン!
千恵のミサンガが切れた。
母親との再会を願っていた千恵の願いが叶ったのだ。
ここまではまだ分かる。
ところが、その後、一行はムー文明の遺跡へ向かう。
大量のモアイ像のようなものが並ぶ、いかにも合成された神秘的な空間。
そこで今度はREXのミサンガが切れる。
シャララーン!
どうやらREXの母親も、この先にいるらしい。
千恵はREXに、本当の母親のところへ行くよう促す。
そしてREXは、仙人みたいな老人と一緒に洞窟の奥へ消えていく。
母親の姿は見えない。
千恵がREXの名前を叫び、その声が洞窟にこだまする。
レックス〜!
……っくす〜!
……す〜!
そして主題歌が流れ、映画は終わる。
えっ、終わり?
いや、本当にそんな気持ちだった。
REXとの別れ。そして空に浮かぶ「HAPPY END」
実は、この映画はREXが洞窟へ消えて終わりではない。
その後、千恵はREXを見送ったときの気持ちを振り返り、きっと自分の母親も同じような気持ちだったのだと理解する。
千恵の母親は仕事のために海外へ旅立つが、やがて家に帰ってくる。
そして再会した二人は抱き合い、一緒に空を見上げる。
すると、そこにはREXの形をした雲が浮かんでいる。
その雲は次第に形を変え、最後には「HAPPY END」の文字になる。
……いや、最後まで夢みたいな映画だな。
ただ、ここで描きたかったことは分かる。
千恵はずっと母親にそばにいてほしかった。
でも、自分がREXを本当の母親のもとへ送り出したことで、愛しているからこそ離れることもあるのだと知る。
母親と離れていることが、愛されていないことを意味するわけではない。
REXとの別れを通して、千恵自身も少し成長したのだ。
そう考えると、母親を求める少女と恐竜という設定は、最後まで一貫していたのかもしれない。
ただ、それを伝えるまでの道のりがあまりにも自由すぎる。
恐竜の便秘にCM撮影、サンタクロース、ムー文明、ミサンガ、そして最後は雲で「HAPPY END」。
これだけのものを詰め込んで、親子の愛情の物語として着地させる。
やっぱり、なんだったんだ、この映画
科学の話だったはずなのに、最後は全部ファンタジー
本作は序盤で、恐竜の卵や古代文明について、それなりに理屈を用意している。
だから、こちらもその設定が物語の中でどう回収されるのか期待する。
ところが終盤になると、科学的な説明はほとんど関係なくなってしまう。
願いを込めたミサンガが切れれば、母親に会える。
謎の老人が導いてくれれば、恐竜も母親のもとへ帰れる。
ファンタジーだから、そういう展開があってもいい。
ただ、そこへ至るまでの積み重ねが足りないように感じた。
科学と神秘を両立させたいのか。
親子の感動物語にしたいのか。
恐竜との冒険映画にしたいのか。
それとも、古代文明の謎を描きたいのか。
全部やろうとして、全部が少しずつ浮いてしまったように思う。
あの仙人みたいな老人は結局何者だったのか
ちなみに、あの仙人みたいな老人には信田仙次郎という名前がある。
序盤で千恵たちを恐竜の卵がある洞窟へ案内したのも彼だ。
だから、決して終盤になって突然現れた人物ではない。
ただ、結局この人は何者だったんだろう。
序盤では科学者たちが恐竜の謎を追っていたのに、最後に物語を解決するのは、この謎の老人とミサンガなのだ。
あの人が何を知っていて、なぜそんな力を持っているのか。
最後までよく分からなかった。
実は大ヒット映画。しかも公開中に監督が逮捕されている
ここからは作品の外側の話。
『REX 恐竜物語』は、1993年の日本で配給収入22億円を記録した大ヒット作だった。
1993年の邦画配給収入ランキングでは、前年12月公開の『ゴジラvsモスラ』(22.2億円)に次ぐ2位だった。
あの映画が、そんなにヒットしていたとは。
しかも宣伝も大規模で、REXの着ぐるみが小学校を訪問してステッカーを配る活動まで行われていたという。
映画の中でもCMに駆り出され、現実でも宣伝に駆り出されるREX。
なんだか妙におかしい。
さらに驚くのは、監督の角川春樹が公開中の1993年8月29日に、コカイン密輸事件に関連して逮捕されたことだ。
その影響で、好調を受けて予定されていた上映延長が取りやめになるなど、興行にも影響が出た。
あのキテレツな映画を見た直後に、この制作背景を知ると、なんとも言えない気持ちになる。
もちろん、事件があったからといって、撮影中に薬物の影響下にあったと決めつけることはできないんだけどね…
それでも、映画の内容だけでなく、公開当時の出来事まで普通じゃない。
『REX』という作品の不思議さは、映画の外側にまで続いていた。
なぜ2026年になってアメリカで公開されるのか?
そんな『REX』が、2026年になってアメリカで劇場公開される。
7月10日にはニューヨークの映画祭「JAPAN CUTS」で上映され、12月11日からはニューヨークのMetrographを皮切りに、アメリカ各地での劇場公開が予定されている。
しかも、新たな4K修復版だという。
面白いのは、海外での紹介のされ方だ。
アメリカの上映館Austin Film Societyは、本作を次のように紹介している。
“deranged Japanese Christmas cult classic”
かなり意訳すれば、「常軌を逸した日本のクリスマス・カルト映画」といったところだろうか。
なるほど。
それなら、アメリカで今になって公開される理由も少し分かる気がする。
便秘だった恐竜がサンタクロースの格好で踊り、少女と雪道を逃げ回り、最後はムー文明の遺跡へ消えていく。
こんな日本映画、そうそう見られるものではない。
海外の映画ファンが、作品の珍しさや時代性を面白がるのは理解できる。
ただ、珍しい映画であることと、よくできた映画であることは別だと思う。
アメリカでカルト映画として注目されているからといって、私の評価が変わるわけではない。
むしろ、この映画の奇妙さを面白がっている海外の人たちと、私が感じた違和感には、案外共通する部分があるのかもしれない。
『REX 恐竜物語』ある意味楽しい映画だった
REXのアニマトロニクスは素晴らしい。
安達祐実との触れ合いも自然だし、恐竜が母親を恋しがる場面には感情があった。
それだけに、映像の合成や場面転換、物語のまとまりのなさが惜しい。
もっとREXというキャラクターを生かせる映画になったんじゃないかと思う。
ただ、90年代の日本映画が持っていた独特の雰囲気は十分に楽しめた。
雪景色も、音楽も、CMも、あの時代ならではのものだし。
そして、これだけ奇妙な映画を、これだけの規模で大真面目に作っていたという事実そのものが面白い。
恐竜はちゃんとそこに生きていた。でも、恐竜が生きている世界の方が夢みたいだった。
『REX 恐竜物語』は、そんな映画だった。
面白かったかと聞かれれば、正直かなり微妙だ。
でも、見なければよかったとは思わない。
それにある意味楽しい映画だった。
こんな映画が存在していたことを知れたし、2026年にアメリカで公開されるというニュースがなければ、おそらく一生見なかったかもしれない。
そして、こういう古い日本映画を気軽に見られるU-NEXTは、やっぱりありがたい。
名作ばかりじゃなくていい。
こんな奇妙な映画に出会えることも、動画配信サービスの面白さだと思う。
『REX 恐竜物語』の配信状況
2026年10月時点の配信情報は以下のとおり。
| 配信サービス | 配信状況 |
|---|---|
| U-NEXT | 見放題 |
| Hulu | 見放題 |
| Amazon Prime Video | レンタル・購入 |
| DMM TV | レンタル |
| Lemino | レンタル・購入 |
私はU-NEXTで鑑賞した。
昔の邦画や、今ではなかなか話題にならない作品を探している人には、U-NEXTのラインナップは魅力的だと思う。
本作が気になった人は、ぜひ一度見てみてほしい。
おすすめの映画かと言われると困るけれど、見終わったあとに誰かと話したくなる映画ではある。
現在の配信状況は各動画配信サービスでご確認ください。
※配信状況は変更される場合があります。