(画像はkinofilms映画ページから)

戦争の加害性について考えさせられる良い映画だった。『はだしのゲン』が戦争の被害を描いた作品だとすれば、こちらは真逆の立場から戦争を見る『はだしのゲン』的な作品。派手な戦争映画ではないが、主人公が戦争を抱えたまま生きる姿が強く残る。
俺はこの映画が実話だということすら知らずに観に行った。
知っていたのは、『ヒミズ』『野火』などを撮った塚本晋也監督の新作で、ベトナム戦争から帰還した男のPTSDを描いた映画だということくらい。
そして観終わってみると、これは単純な「戦争で傷ついたかわいそうな帰還兵」の映画ではなかった。
主人公のアレン・ネルソンは戦争の被害者でありながら、同時に明確な加害者でもある。
俺はネルソンに同情はしなかった。
でも、理解できてしまうところはあった。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』とは
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、2026年9月11日公開の塚本晋也監督作品。
原作は、18歳で米海兵隊に志願し、ベトナム戦争に従軍したアレン・ネルソンの自伝だ。
貧困や差別から抜け出すため軍隊へ入ったネルソンは、沖縄での訓練を経てベトナムへ送られる。
そこで人を殺す側となり、帰国後は重いPTSDに苦しむことになる。
塚本監督はタイ、ニューヨーク、日本、ベトナムの4か国で撮影を行っている。
「上映中止」「上映縮小」はなぜ?
この映画を検索すると、「上映縮小」だけでなく「上映中止」という結構強い言葉が出てくる。
戦争映画ということもあって、「何か刺激の強い内容が問題になったのか?」と気になる人もいると思う。
ただ、配給のキノフィルムズが発表しているのは、「諸般の事情」による公開規模縮小に伴い、一部劇場での上映を中止したというところまで。
具体的な理由は公表されておらず、少なくとも公式から「作品内容が理由」といった説明は出ていない。現在はkino cinéma新宿などで公開されている。
そして実際に観てみても、過激な映像だけで観客を殴るような作品ではない。
むしろ思っていた以上に見やすい映画だった。
ネタバレなし感想|「かわいそうな帰還兵」の映画ではない
時系列は結構飛ぶ。
戦場、帰還後、さらにその後と時間を行き来するんだけど、「今いつの話だ?」と混乱することはほとんどなかった。
冒頭で見せた場面を後からもう一度拾ったり、音や表情を使って過去と現在を繋いだりと、構成自体はかなり分かりやすい。
そして何より良かったのが、ネルソンを英雄にも、かわいそうな被害者だけにもしなかったこと。
塚本監督自身、日本の戦争作品は被害者側の視点になりやすいが、加害する側まで描かなければ戦争の恐ろしさを本当に知ったことにはならない、という趣旨を語っている。
この映画はそこから逃げない。
ネルソンは戦争によって壊された。
でも、そのネルソン自身も人を殺している。
この両方を見せる。
派手ではない。でも戦場はちゃんと怖い
戦争シーンは、当然ながらハリウッドの大作映画みたいな物量ではない。
でも、それなりに健闘していると思う。
そもそもこの映画の場合、「戦争シーンすげえ!」と思わせることが目的じゃない。
普通の青年が、人を殺せる人間へ変わっていくことの方が重要なんだと思う。
塚本監督も、戦争映画で殺し合いそのものをエンターテインメントとして見せることへの警戒を語っている。
PTSDを「音」で見せるのがうまい
特に印象に残ったのは音だった。
冒頭から聞こえる飛行機の音。
帰還したネルソンが自宅の天井にある換気扇のようなものを見ていると、そこにヘリコプターの音が重なってくる。
「ネルソンはいま戦場を思い出しています」
なんて説明しなくても分かる。
主演のロドニー・ヒックスもいい。
泣きながら戦争について話す場面はもちろん、ふとした瞬間に戦地へ戻ってしまったような表情が印象に残った。
PTSDを説明する映画というより、ネルソンにとっては戦争がまだ終わっていないことを、音と顔で見せる映画だった。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の配信は?
2026年9月25日現在、本作は劇場公開中。
現時点で、映画本編を配信している主要VODサービスは確認できなかった。配信情報をまとめているFilmarksでも、現在は配信サービスなしとなっている。
なので、今のところは劇場で観る作品だ。
配信が始まり次第、ここは更新する。
ここからネタバレあり
ネルソンは、かなり人に流される
ネルソンを見ていて最初に感じたのは、意志の弱さだった。
PTSDの症状が落ち着くまでソファーで一人で寝ると言っても、妻に言われれば一緒に寝る。
ベトナム人の少年たちに遊ぼうと言われれば遊ぶ。
戦争体験なんて話したくないのに、頼まれれば子供たちの前に立つ。
そして、この性格は戦争へ行く前から描かれている。
ベトナムへ派遣される前、ネルソンは沖縄で過ごす。
仲間の米兵たちは沖縄の人に対して好き放題やっている。
ネルソン自身が率先して加わるわけではない。
でも、止めることもできない。
悪いと思っていても、周囲に逆らってまで止められない。
この意志の弱さは、後のネルソンを考えるうえでかなり重要だったと思う。
ただし、この映画は、「流されただけだからネルソンは悪くない」とは言わない。
ネルソンは明確に「人を殺した側」でもある
ベトナムへ行ったネルソンは、かなり早い段階で一人の農民を殺す。
その後、彼が振り返る。
「呆気なかった」
人を殺すなんて、とんでもないことのはずなのに、銃を撃てば人間はあっけなく死んでしまう。
さらに強烈だったのが、ベトコンの村を襲撃する場面。
村人たちを殺して遺体を並べ、その後、帰ってきた人々まで一掃する。
ここまで見せられると、「戦争へ行かされてPTSDになったネルソンはかわいそうだ」だけでは終われない。
ネルソン自身が加害者なのだ。
塚本監督も、ネルソンが加害行為を行ったことを曖昧にせず、それによって戦争トラウマを抱えるところまで描きたかったと話している。
だから俺はネルソンに同情はしなかった。
でも、理解はできてしまう。
この映画には「正義マン」がいない
ここは他のベトナム戦争映画と比べても特徴的だった。
例えば『カジュアリティーズ・オブ・ウォー』には、戦場の中でも「それは間違っている」と抵抗する兵士がいる。
『7月4日に生まれて』も、主人公が戦争を経験して反戦へ向かっていく大きなドラマがある。
でも、この映画のネルソンは最初から「正しい人」ではない。
沖縄でも止められない。
軍隊にも流される。
そして自分自身も人を殺す。
だから、「俺だったらネルソンとは違う」と安全な場所から言い切りづらい。
男なら、戦争になったら自分も行くことになるんだよな……なんて、うっすら考えることはある。
もちろん実際に戦争へ行った経験なんてない。
それでも、戦地から帰ってきたネルソンが、あまりにも普通に続いている平和な日常に腹を立てる。
あの感覚も、なんとなく理解できてしまう。
この映画の怖さは、ネルソンを理解不能な殺人者として遠くへ置いてくれないことなのかもしれない。
一番好きなのは、息子の学校で話す場面
個人的に一番好きだったのは、ネルソンが息子の学校で戦争について話すところ。
最初はうるさかった生徒たちが、ネルソンの話を聞いているうちに静かになっていく。
そしてネルソンは泣きながら話す。
ここで印象的なのが、低いチェロの音。
説教臭く「戦争はいけません」と言うんじゃない。
実際に戦争へ行って、人を殺して、その後も苦しみ続けている人間が目の前で話す。
それを聞いた子供たちの顔が変わる。
映画そのものがやろうとしていることを、劇中のネルソン自身がやっているようにも見えた。
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」の回収
そして映画冒頭。
帰還後のネルソンが小学校で戦争体験を話している。
そこで一人の子供が聞く。
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」
暗転。
タイトル。
答えは聞かせない。
でも映画を観ていけば、答えなんてすぐ分かる。
殺している。
しかも一人ではない。
そして後になって、映画はもう一度この場面へ戻ってくる。
今度はその先まで見せる。
構成としてはかなり好きだった。
ただ、ここで流れるBGMだけはちょっとやりすぎに感じた。
音楽の雰囲気だけで言えば、なんとなく『コードギアス』の最終回みたいな感じ。
そこへ子供たちが次々とネルソンを抱きしめにくる。
場面自体はいい。
でも、それまでこの映画は効果音や俳優の表情だけで十分伝えてきた。
だからここだけ少し、「はい、ここ感動するところです」と肩を押された感じがした。
効果音の使い方がうまい映画だっただけに、余計に気になったところでもある。
ずっと揺れていたカメラが、戦争体験を話すときに止まる
この映画、とにかく手持ち撮影が多い。
戦場なら分かるんだけど、「ここも定点じゃないんだ」と思うような日常の場面まで結構揺れる。
俺はそこまで気にならないけど、苦手な人は気になると思う。
ところが演説では、ネルソンと話を聞いている人たちの顔を定点のアップでじっと捉える。
演説内容そのものを全部明瞭に聞かせるわけでもない。
ネルソンの顔。
聞いている人の顔。
またネルソン。
それだけでグッと引き込まれる。
最後にはずっと周囲に流されてきたネルソンが、自分の意思で戦争について語る。
そして、ずっと揺れていたカメラまで、そこで止まる。
塚本監督がそこまで意図していたのかは分からない。
でも俺にはそう見えた。
リリー・フランキー、「ここで出てくるのか」
映画もかなり終盤になって、リリー・フランキー演じる黒井が登場する。
その瞬間の俺は、「あぁ、そういえばお前キャストにいたな……」だった。
結構突然なのだ。
ただし、黒井という人物の役割自体はかなり重要。
父親も戦争経験者だった。
しかし父親は戦争について一切語らず、家庭では妻に暴力を振るった。
そこで黒井は、PTSDに苦しんでいるネルソンが、なぜ戦争について語ることができるのかと疑問をぶつける。
実はこの黒井という人物は、実在する黒井秋夫氏を含む複数の関係者を集約して作られた映画オリジナルのキャラクター。
塚本監督も、ここだけ原作にはないため「なぜ突然日本人が出てくるんだ」と思う人がいるかもしれない、と認識したうえで、日本の元兵士とPTSDの問題を考えるヒントとして必要だったと説明している。
まさしく俺が、「なぜ突然日本人が出てくるんだ」と思った一人だったわけだ。
でも黒井の問いは、その後のラストに繋がっているように思う。
ネルソンは最後、ベトナムの人々の前で自分が大勢の人を殺したことを語る。
黒井の問いに映画が台詞で答えるのではなく、ネルソンの行動で答える。
あの会話は、そういう意味でも必要だったと思う。
そして最後に「これ実話だったの?」となった
ここで俺の鑑賞体験はちょっと変わる。
俺はこの映画が実話だと知らなかった。
最後にテロップが出る。
アレン・ネルソンは実在した人物であり、2009年、枯葉剤の影響による多発性骨髄腫のため61歳で亡くなった。
そしてエンドロール後には本人の写真まで出てくる。
そして映画館を出てから、実際のアレン・ネルソンについて調べた。
すると、映画を観ながら少し引っかかっていた「沖縄」が、思っていた以上に重要だった。
沖縄を、もう一度拾ってほしかった
実在のアレン・ネルソンは、1995年に沖縄で起きた米兵による少女への性暴力事件に衝撃を受け、翌1996年、約30年ぶりに沖縄を訪れている。
その後、日本各地で1200回以上の講演を行った。
さらに2005年にはベトナムへ行き、自身の加害について告白と謝罪の講演を行っている。
これを知って、いや、だったら映画でも沖縄をもう一度拾ってほしかった。と思った。
映画前半。
若いネルソンは沖縄で、仲間の米兵が日本人に加害する姿を見ながら、それを止めることができない。
その後ベトナムへ行き、自分自身が人を殺す側になる。
そして実際の人生では約30年後、沖縄で再び米兵による加害事件が起きたことを知り、ネルソンは沖縄へ戻っている。
しかも塚本監督自身、映画の沖縄パートについて、短いながら現在の沖縄が抱える問題を凝縮して描いたという趣旨を語っている。
だったら、
沖縄で他人の加害を止められなかった青年
→ ベトナムで自分自身が加害者になる
→ PTSDを抱えて帰国
→ 約30年後、沖縄で起きた米兵による加害を知る
→ 沖縄へ戻る
→ 日本で戦争について語る
→ 最後にはベトナムへ行き、自分の加害を語る
ここまで映画の中でも繋げてほしかった。
そうすればリリー・フランキーが出てきたときも、
「あぁ、そういえばお前キャストにいたな……」
じゃなくて、
「ここで沖縄に戻ってくるのか!」
になったと思う。
もちろん、これは俺の勝手な注文でもある。
日本人である塚本監督が、アメリカ人のネルソンに沖縄での米兵の加害を改めて反省させるような描き方をすれば、それはそれで別の映画になってしまう。
実際、塚本監督自身も、日本人である自分がアメリカ側の加害を描くことへの難しさに言及している。
だから、あえてそこまで繋げなかったのかもしれない。
ただ、それでも俺は見たかった。
映画前半の沖縄が、
「戦争へ行く前のネルソンがどんな人間だったのか」
を見せるだけの場所ではなく、
ネルソンの人生が約30年かけて戻ってくる場所
になるところまで。
この映画で一番惜しいと思ったのは、たぶんここだった。
実在のアレン・ネルソンをもっと知りたいなら
映画で描かれたネルソンの人生は、その後の活動まで含めるとさらに興味深い。
原作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか? ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』では、本人の言葉から戦争体験を読むことができる。
映画を観た後に「実際のネルソンはどんな人だったんだ」と思った人が、一番原作を欲しくなる場所だからだ。
まとめ|戦争に行ったら、自分はどうなるんだろう
この映画には、分かりやすいヒーローがいない。
ネルソンは戦争によって壊された被害者でありながら、人を殺した加害者でもある。
後に反戦活動をしたからといって、過去に殺した人間が生き返るわけでもない。
だから俺はネルソンに同情しなかった。
でも、戦争になったら自分も行くことになるのかもしれない。
軍隊へ入って、周囲の人間が変わっていって、自分もその中にいたらどうなるのか。
「俺なら絶対に人を殺さない」なんて簡単には言えない。
だからネルソンを理解できてしまうところがあった。
そしてネルソンは、自分が被害者だったことだけを語ったわけではない。
最後にはベトナムへ行き、自分が人を殺した側だったことまで語る。
そこまで描くから、この映画は単なる「かわいそうな帰還兵」の物語では終わらなかった。
同情はしない。
でも、理解はできてしまう。
俺にとって『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、そんな映画だった。