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映画『CASSHERN』感想|なぜ私は今でも“失敗作”だと思えないのか

zenzen

1994年北海道出身、福岡在住。美容師しながら映画・ゲーム・ガジェット・暮らしを実体験ベースで書いています。
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(画像はHulu CASSHERN配信ページより)

『CASSHERN』という映画は、どうにも評判が悪い。
実写版『デビルマン』と並べて語られたり、「何を言っているのか分からない」と言われたりする。

そのたびに私は、「え!? デビルマンと一緒!?」と驚いてしまう。

別に実写版『デビルマン』が嫌いなわけではない。
あれはあれで妙な味があるし、「全部ダメな映画」とまで言うつもりもない。

ただ、演技、CGを使った終末世界の見せ方、画面全体の統一感。
私にとっては『CASSHERN』の方が段違いに完成度が高い。

そして何より、この映画を最初に観たのは私が小学6年生の頃だった。
かなり衝撃を受けたのを今でも覚えている。

あの頃って、
「もし日本が戦争したらどうなるんだろう」
とか、
「本当の正義って何なんだろう」
とか、

今思えば答えの出ないことを妙に真剣に考えたりする。
『CASSHERN』は、そんな子供の頭にジャストミートした映画だった。

やられたからやり返す。
その先に何があるのか。

正義だと思っていた側が、本当に正義なのか。

20年以上経って大人になった今見ても、私の評価はそこまで変わっていない。

むしろ、子供の頃には拾えなかったものまで見えるようになって、さらに好きになった部分すらある。

『CASSHERN』とは?作品紹介・あらすじ【ネタバレなし】

『CASSHERN』は2004年公開、紀里谷和明監督の映画初監督作品。
1973年のタツノコプロ作品『新造人間キャシャーン』を原作にした、上映時間141分のSF映画だ。

ただし、原作をそのまま実写にした作品ではない。
舞台は私たちの歴史とは異なる世界。
50年にも及ぶ大戦の末、大亜細亜連邦共和国がヨーロッパ連合に勝利し、ユーラシア大陸一帯を支配している。

私自身ずっと「日本が世界大戦に勝った世界」くらいの認識でいたけど、正確にはこういう架空世界である。

戦争には勝った。

でも残ったのは放射能や化学兵器によって荒廃した土地と、病に侵された人間たち。
そこで東博士が研究していた「新造細胞」から、新たな生命体が生まれる。

一方、戦争で命を落とした東博士の息子・鉄也もまた蘇り、キャシャーンとなる。

主演は伊勢谷友介。
ヒロインのルナを麻生久美子。

寺尾聰、樋口可南子、唐沢寿明、要潤、西島秀俊、寺島進、小日向文世、及川光博など、とんでもなく豪華な役者が揃っている。

そして監督・脚本だけでなく、撮影にも紀里谷和明本人が名を連ねている。

この時点で、だいぶ「監督の映画」なのだ。

ネタバレなし感想|2000年代前半には妙な実写化映画があった

今の漫画・アニメ実写化って、ある程度いくつかの型があると思う。
少女漫画的な人気俳優を前面に出す作品。
『銀魂』みたいに、コスプレ感そのものも含めて笑いにしてしまう作品。
あるいは大予算を使って、原作世界を真面目に再現しようとする作品。

でも2000年代前半って、今とはちょっと違った。
私には『バトル・ロワイアル』以後の空気というか、
やたら硬派で、やたら暗くて、やたら世界を滅ぼしたがる実写化がいくつかあったように見える。

『デビルマン』。
『最終兵器彼女』。
そして『CASSHERN』。

この辺は、残念ながら総じて評判がいいとは言いづらい。
ただ個人的には、どれも当時の「セカイ系」と隣接する空気をかなり持っていると思っている。

個人の恋愛や苦悩が、戦争や人類の存亡と普通につながってしまう。
そして私は、そもそもこの手の話を実写映画にすること自体かなり無茶だと思う。

アニメや漫画ならなら成立する。
でも、生身の人間が大真面目な顔で「世界」と「愛」と「人類」を背負い始めると、途端に危うくなる。

その無茶を、『CASSHERN』はかなり高いレベルで映画にしてしまった。
私はそこを評価している。

小学6年生の私には刺さりすぎた

初めて観た当時、一番刺さったのは大きなテーマだった。

戦争。
復讐。
差別。
正義。

人間はなぜ争うのか。

「やられたからやり返す」を繰り返したら、その先には何があるのか。
小学6年生くらいって、こういうことを考えがちな時期でもある。

今思えば青臭い。
でも『CASSHERN』も相当青臭い。
だから、ちょうど良かった。

子供の私がぼんやり考えていたことを、ものすごいCGと爆発で2時間以上かけて見せてくる。

そりゃ刺さる。

そして不思議なのが、大人になって見返しても、この部分への感想はそこまで変わらなかった。

ただし、見えるものは増えた。

大人になると、大きなテーマより小さな台詞が刺さる

子供の頃には、戦争とか世界の滅亡とか、デカいものばかり見ていた。

大人になって見返すと、「ああ、ここでこんなこと言ってたんだ」という場面が結構ある。

特に要潤演じるバラシンの、「俺は許すよ。だってもう、痛くないんだろ」という場面。
これ、大人になってからかなり刺さった。

『CASSHERN』って、基本的にみんな痛みを抱えている。
自分が傷つけられたから、次の誰かを傷つける。
自分から見れば復讐でも、相手から見ればまた新しい加害になる。

そんな映画の中で出てくる、「許す」という言葉が妙に重い。

子供の頃なら見逃していたと思う。

寺島進演じる坂本の「娘の痛み」を背負った言葉も同じ。
昔は敵味方や戦闘を追っていただけだったところに、「この人にも、この人なりの痛みがあったんだ」と気づける。

映画の感想が変わったというより、同じ映画を見る自分側の解像度が上がった感じに近い。

『デビルマン』と一緒にされるけど、役者が全然違うと思う

『CASSHERN』と実写版『デビルマン』を並べて語る人は、実際今でもいる。映画.comのレビューにも、その二作を並べて語る投稿が確認できる。

でも私にはかなり違って見える。

その大きな理由の一つが、役者

伊勢谷友介。
麻生久美子。
唐沢寿明。
寺尾聰。
樋口可南子。
要潤。
寺島進。
西島秀俊。

このメンバーが、あの異常な世界を全力で演じている。

『CASSHERN』はデジタル合成やCGを大量に使った作品で、松竹自身も「CG時代の先駆け」と紹介している。
今ならグリーンバック撮影も珍しくない。
でも2004年。
完成形がその場に存在しないような環境で、あのテンションの芝居を成立させている。
私はそこを結構すごいと思っている。

世界がおかしいのに、役者まで浮いてしまったら全部崩れる。
『CASSHERN』はギリギリそこを踏みとどまっている。

いや、踏みとどまるどころか、役者の芝居があの変な世界を成立させている部分すらある。

紀里谷和明の映像は「どこで止めても絵になる」

そして、やっぱり映像。
これは今見ても唯一無二だと思う。

『CASSHERN』と『GOEMON』くらいじゃないか。
この方向で画面そのものを徹底的に作り込んだ邦画って。

もちろん似た映画は他にもある。
でも紀里谷和明の前期作品って、一発で分かる。

空の色。
赤。
黒。
光。
人物の配置。

人間すら画面を構成する一つの素材みたいに置かれている。

どこで止めても絵になる。

CGがリアルかどうかという話じゃない。

そもそも現実に見せようとしていない。

現実を素材にして、「紀里谷和明の頭の中にある世界」へ全部塗り替えてしまっている。

当時マトリックスのような現実離れした映像に衝撃を受けていた時代に、日本映画でここまでできるのかと子供ながらに驚いた。

大人になって監督のことを知った今見ると、「CGを使いたかった映画」じゃなく、「この画を作りたかった映画」なんだろうなと思う。

最近書いた『落下の王国』とは方法が真逆なのも面白い。

ターセム・シンは、自分の頭の中にある景色を世界中から探した。
紀里谷和明は、目の前の現実を自分の頭の中の景色へ作り替えた。

でも私はたぶん、どちらも好きだ。作った人の趣味が隠しきれていない映画が好きなんだと思う。

世界観は分かりやすい映画ではない。でも、それでいい部分もある

『CASSHERN』を初めて観るなら、世界観を飲み込むまで少し時間はかかると思う。

最低限、大亜細亜連邦共和国が長い戦争に勝利したものの、世界そのものが荒廃している

という前提だけ知っておくと入りやすい。

登場人物も多い。
組織も多い。
新造細胞だの、新造人間だの、第七管区だの。
141分あるのに、説明不足に感じるところもある。

でも個人的には、全部を完全に理解してから見る映画でもないと思っている。

特に最後。

「結局あれはどうなったの?」
「何が起きたの?」
と細かく整理しようとする人もいる。

でも私は、セカイ系なんだから、あれでいいんだよと思っている。

そこは後でネタバレ込みで書く。

あと麻生久美子がめちゃくちゃ可愛い。

ここも重要。

『贅沢な骨』の麻生久美子も相当だけど、私の世代だとやっぱり『時効警察』あたりの印象が強い。

そんな麻生久美子が、あの幻想的な画面の中にいる。

非常に大事です。

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ここから先はネタバレあり。

まだ観ていない人は、ぜひ一度あの変な世界をそのまま浴びてから戻ってきてほしい。

ここからネタバレ|自分の死体を見て「戻りたくない」

『CASSHERN』でずっと覚えている場面の一つ。
蘇った鉄也が、自分自身の死体を見る。

そして、そっちには戻りたくないという。

普通のヒーロー映画なら、「死んだ主人公が強い体になって蘇った!」で済ませてもいいところ。

でも『CASSHERN』は、復活そのものを気持ち悪く描く。

目の前に自分の死体がある。
自分は生きている。
じゃあ今の自分は何なんだ。
ヒーロー誕生なのに、全然爽快じゃない。

この時点でこの映画の方向性はかなり決まっている。

命が戻ったからめでたい、ではない。

生きることそのものが重たい。

そこが好きだ。

正義のために戦ったはずの鉄也が、自分のやったことを知る

もう一つ忘れられないのが、第七管区に関わる真実。

鉄也は国のために戦った。

自分が正しい側にいると思っていた。

でもそこで行われていたのは、差別と虐殺だった。

作中では第七管区の人々が「テロリスト」などとして扱われていた一方、実際には国家による長年の迫害を受けていたことが明かされる。
これが、小学生の私に刺さった「本当の正義って何だろう」にそのままつながる。

本人は正義のために戦っているつもりでも、反対側から見れば、自分が悪そのものかもしれない。
しかも鉄也は、最初から悪人だったわけじゃない。

命令される。
国のためだと思う。
戦う。

あとになって、自分が何をやったのかを知る。

分かりやすい悪党を倒して終わる話じゃない。

新造人間側は、どう考えても被害者だと思う

ブライたち新造人間も同じ。

私は基本的に、あいつら完全に被害者だろと思っている。

生まれた。
いきなり殺される。
仲間を虐殺される。
逃げる。
そして復讐を誓う。

もちろん、その後人類を滅ぼそうとする時点で加害者にもなる。

でも、そうなる理由は描がけている。
だから敵として単純に憎めない。

「人間が悪い、新造人間が正しい」という映画でもない。
新造人間もまた、自分たちが受けた痛みを次の誰かへ返そうとする。

結局みんな同じことを始める。
ここが『CASSHERN』の嫌なところであり、好きなところ。

そして原作ではロボットだった存在を、この映画では「人間に殺され、復讐する新たな人類」として再構築した。

私はこれ、かなり英断だと思う。
原作アニメについて私はほとんど知らない。
だから原作再現度を語るつもりもない。

でも映画一本として見るなら、この改変がなかったら『CASSHERN』という映画のテーマは成立していなかったんじゃないか

と思う。

タツノコプロがここまで大胆な再構築を認めたことも含めて、すごい。

実写化って、原作の形を残せば成功するわけじゃないんだよな。

「娘の痛みを思い知れ」と「俺は許すよ」

この映画、大人になって一番面白く感じるようになったのはこういう部分。

寺島進演じる坂本が、自分の娘の痛みを背負って相手を殺そうとする。

痛みを与えられた。
だから痛みを返す。

この映画でずっと繰り返されることそのもの。

その一方で、要潤演じるバラシンには、

「俺は許すよ。だってもう、痛くないんだろ」
という場面がある。

私は今見ると、こっちの方が刺さる。

復讐する理由なんて、みんな持っている。
殺す理由も、それぞれにはある。

でも誰かがどこかでやめない限り、終わらない。

小学6年生の頃の私は、「やられたらやり返す、その先に何があるのか」という大きなテーマに反応した。

大人になった私は、その答えが、こういう何気ない“許す”の中にも置かれていたんだなと思う。

この映画、思っていたよりちゃんと細かい。

鉄也とルナが世界の話そのものになる

そして鉄也とルナ。

ここはもう、完全に私が『CASSHERN』をセカイ系っぽいと思うところ。

二人の恋愛。
個人的な喪失。
親子関係。

それが気づけば戦争や、人類や、世界の終わりと同じ場所にある。

「二人がどうなるのか」と「世界がどうなるのか」の距離がやたら近い。

だからラストを、「で、物理的には何が起きたんですか?」と全部説明しようとすると、少し違うと思っている。

あれは年表を整理する映画じゃない。

鉄也とルナがどうなったのかを、世界そのものを使って描いて終わる映画。

それでいい。むしろ『CASSHERN』が最後だけ急に、「それではここから新造細胞の仕組みについて説明します」とか始めた方が嫌だ。

あの異様な世界の中で始まった話なんだから、

最後まで異様なまま終わってくれればいい。

宇多田ヒカル「誰かの願いが叶うころ」が完璧すぎる

そして主題歌。

宇多田ヒカルの「誰かの願いが叶うころ」。

私はこれ、最高の映画主題歌の一つだと思っている。

この映画ほど、「誰かの願いが叶う」ということが無邪気に良いものではない映画も珍しい。

国家が勝てば、負けた側がいる。
父親が妻を救おうとすれば、別の誰かが犠牲になる。
新造人間が復讐を果たせば、人間が死ぬ。
人間が新造人間を倒せば、彼らの痛みは救われない。

誰かの正義は、誰かの悪。
誰かの願いは、誰かの絶望。

映画を全部見たあとにあの曲が流れると、主題歌というより、映画の最後の一章みたいに聞こえる。

これも『CASSHERN』を忘れられない理由の一つ。

『CASSHERN』は、もっと再評価されてもいいと思う

もちろん欠点がない映画ではない。

長い。
世界観も分かりにくい。
人物も多い。
説明をもう少し整理できたところもあると思う。

でも、「分かりにくい」だけで『デビルマン』と一緒にしてしまうのは、私はどうしても納得できない。

役者は強い。
映像は今見ても唯一無二。
テーマも一本通っている。

原作を大胆に作り替えながら、映画としてちゃんと自分の世界を作っている。

そして小学6年生だった私が感じた、「本当の正義って何なんだろう」という疑問に、大人になった今もちゃんと付き合える。

それって結構すごい映画だと思う。

映像系が好きな人。

セカイ系が好きな人。

2000年代邦画の、今とは違う妙な熱量が好きな人。

そして、監督の趣味が隠しきれていない作品を観てみたい人。
そんな人には一度観てほしい。

最近は庵野秀明作品のような「作家の色が濃い映画」がよく語られる。

でも、それだけじゃないぞ、とも思う。

2004年に、日本映画でこんなことをやっていた人がいる。

私は今でも『CASSHERN』を失敗作だとは思わない。

むしろ、よくこれを映画として作ったな。
と思っている。

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現在の配信状況は各動画配信サービスでご確認ください。
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