(画像は公式HPより)
クリストファー・ノーランは好きだ。
ただ、ここ最近のノーラン映画に対する、「ノーランだからすごい」みたいな空気には、正直ちょっと乗り切れていなかった。
『ダンケルク』くらいからずっとそう。
映画館で観てよかったし映像も音もすごい。
家のテレビで観る映画じゃないなと思う。
でも、「で、面白かった?」と聞かれると、一瞬止まる。
俺の中で最近のノーラン映画は、少しずつ「面白い映画」より「すごい映画」になっていた。
そもそも『ダークナイト』シリーズからして、世間ほど俺には刺さっていない。
ノーランは好き。
でも信者ではない。
今回の『オデュッセイア』も、ここまで評判が良くなかったら多分観ていなかったと思う。
ギリシャ神話。
約3時間。
ノーラン。
結構身構える。
でも、観終わったとき最初に出てきた感想は、かなり久しぶりにシンプルだった。
面白かったぁ……。
俺の中では『メメント』と並ぶくらい好き。
ここ最近のノーラン映画では、一番素直に楽しめた。
最近の「理系ノーラン」感がかなり薄い
ここ最近のノーラン作品って、俺はどこか、「ちゃんと理解しなきゃ」という気持ちで観ていた。
特に『TENET テネット』。
時間がどうなってる。
今どっち向きだ。
誰が何をやってる。
そういう映画自体の仕組みを追うのに頭を使う。
『オッペンハイマー』だって物理を理解しないと観られない映画ではないけど、科学、政治、歴史、人間関係と、とにかく情報が多い。
今回も時系列はちょっとややこしい。
そこはノーランなので仕方ない。
ただ、それを除けば物語の芯は驚くほど単純だった。
戦争に行った男が家に帰れない。
その男を、妻と息子が待っている。
まずそれだけ分かっていれば観られる。
今回は、「この理論を理解できないと脱落します」みたいな感じがない。
最近感じていた理系ノーラン感がかなり薄かった。
俺にはそれがよかった。
ノーランの映像、神話とめちゃくちゃ相性いいじゃん
そして今回一番驚いたのが映像。
ノーラン映画って、俺には独特の色がかかっているように見える。
鮮やかすぎない感じで、少しくすんでる。
ちょっと霧っぽくて、重たい。
今まではその質感が、「なんか難しそうな映画だな」という印象につながることもあった。
でも今回、その画がギリシャ神話に異様なくらい合っていた。
海。
岩。
砂。
古びた建物。
巨大な船。
人間のしわ。
全部が妙に同じ世界へ収まっている。
観ながら俺は、神話の世界の正解を見せられてるみたいだな。と思った。
もちろん神話の世界に映像の正解なんてないんだけど。
でも、「オデュッセウスの世界ってこうだったんじゃないか」
と妙に納得させられる。
今まで観たノーラン映画の中で、一番絵になる映画だったと思う。
初めて「IMAXで観てよかった」と本気で思った
ノーラン作品をIMAXで観るたび、「まあノーランだしIMAXだよな」くらいには思っていた。
でも今回は初めて、IMAXで観んとダメだったな。と思った。
ちなみに通常上映では観ていないので、通常版との比較ではない。
あくまでIMAXで一度観た俺の感想。
『オデュッセイア』は、長編映画として初めて全編をIMAXフィルムカメラで撮影した作品。
IMAX側は今回、新型カメラだけでなく、カメラの作動音を抑えて同期録音を可能にする専用エンクロージャーまで開発している。
IMAXカメラってかなりうるさいらしい。
それと関係あるのかは分からないけど、俺が観ていて感じたのは、静かな場面でも何かしら音がある。
波だったり。
風だったり。
遠くの音だったり。
音楽だったり。
なので約3時間あるけど、ポップコーンは食いやすい。
これは大事。
一番好きなのはセイレーンのシーン
この映画で一番好きだった場面は、セイレーン。
霧の向こうに岩場があって、そこに人魚らしきものが何人かいる。
でも、ハッキリとは見えない。
言葉にすると、「霧の中の岩場に人魚が座ってます」って感じ。
文章にするとめちゃくちゃチンケなんだけどスクリーンで観ると、ものすごくいい。
「こちらが人魚です」と全部見せない。
霧の向こうに、なんかいる。
それだけ。
俺がこの映画全体に感じた、「神話を覗いている」みたいな感覚が、一番出ていた場面だった。
しかも音もいい。
耳栓を片耳だけしている瞬間、聞こえ方まで片側へ寄る。
画面だけじゃなく、
自分の耳まで映画の中に持っていかれる。
ほかにも、弓の弦をビーンッと鳴らす音が妙に印象に残っている。
巨大な爆発だけじゃない。
ああいう細い音まで気持ちいい。
今回俺が「IMAXでよかった」と思ったのは、単純に画面がデカかったからではなかった。
マット・デイモン、今までで一番かっこよくない?
そしてマット・デイモン。
正直、俺はこれまでマット・デイモンを、めちゃくちゃかっこいい俳優として見たことがそんなにない。
同世代にもっと分かりやすくかっこいい俳優が多すぎる。
こればっかりはしょうがない。
でも今回、やたら渋い。
しわとか年齢を、あまり隠していないように見える。
実際にメイクを抑えているのか、照明や撮り方によるものなのかは分からない。
ただ、「若く見せたハリウッドスター」ではなく、
長い戦争と旅を経験した年を重ねた男として顔がめちゃくちゃハマっていた。
マット・デイモンだけじゃない。
今回、役者全体がいつものスクリーンよりちょっと老けて見えるというか、年齢を格好よさに使っている印象があった。
俺は今回のマット・デイモン、今までで一番かっこよかった。
『オデュッセイア』に予習は必要?
結論、大筋を楽しむだけならほぼいらない。
オデュッセウス=主人公。
ペネロペ=妻。
テレマコス=息子。
アンティノオス=王位とペネロペを狙う求婚者の中心人物。
アテナ=オデュッセウスに関わる女神。
観る前なら、この辺をぼんやり分かっていれば十分だと思う。役名と関係は公式でも確認できる。
俺はむしろ、神話を全部勉強してから行かなくてよかった。
「次サイクロプスね」
「はい次キルケね」
みたいに答え合わせするより、何出てくんだよ。
くらいで観る方が楽しい。
ただし、人物名は別。
ここは覚悟した方がいい。
映画側も何もしていないわけじゃない。
最初の方なんか特に、登場人物同士が意識的なくらい名前を呼んでくれる。
観ていて、「あ、今名前覚えさせようとしてるな」というのは分かった。
分かった。でもダメだった。
アガメムノン。
メネラオス。
アンティノオス。
テレマコス。
俺の日常生活に一人もいないし、馴染みがなさすぎる。
映画側も頑張ってる。
俺も頑張った。
双方頑張った結果、分からなかった。
なので、話の予習はほぼ不要。人物関係までちゃんと理解したいなら軽く予習した方がいい。
これが俺の結論。
ここから『オデュッセイア』のネタバレ
ここからはトロイア戦争、サイクロプス、キルケ、セイレーン、終盤、ラストまで触れる。
まだ観ていない人は一回ここで閉じてもいい。
映像目当てなら、俺はIMAXを選んでよかった。
分かりやすいノーラン映画なのに、人間関係は全然分かりやすくない
ストーリーそのものは分かりやすい。
でも人物関係は普通に混乱した。
特に俺がごちゃごちゃになったのが、トロイア戦争にいた人たちと、その後の航海にいる人たち。
ジョン・バーンサルを見ながら俺は途中、「こいつサイクロプスのところにもいたっけ?」となっていた。
いない。
ジョン・バーンサル演じるメネラオスはスパルタ王で、トロイア戦争側の人物。
公式サイトでも、テレマコスが彼を訪ね、オデュッセウスの過去を聞く構成になっていた。
ここは、後からこう考えたら一気に分かった。
トロイア戦争=同じ会社の合同プロジェクト。
アガメムノンが全体を仕切るプロジェクト責任者。
メネラオスも別の部署のトップ。
オデュッセウスもイタケ軍を率いて参加。
で、戦争が終わる。
「はい、案件終了。各自帰りましょう」となる。
そこから、帰りの航海=オデュッセウスの部署の帰宅編。
こう思えば分かりやすい。
ただしこの部署、帰宅が地獄。
本当に誰も帰れない。
アガメムノン、あんなにボスっぽいのに説明少なくない?
特にアガメムノン。

最初のメインビジュアルの後ろ姿の人ね。
トロイアの城が落ちるところで、上にも貼った黒い鎧で顔もほとんど見えない雰囲気で登場。
ものすごいボス感で出てくる。
後から調べたら、本当にギリシャ軍側を率いる立場だった。
だから、「めっちゃ偉そうだけど誰?」という俺の感想は、半分合っていた。
偉い。
ただ誰か分からんかった。
今回こういうのが結構ある。
名前は出る。
俳優も豪華。
見た目も印象的。
でも、「この人がどういう人なのか」まで頭に入る前に次へ行ってしまう。
人物や感情の掘り下げについては、映像の圧倒的な強さと比べると薄く感じた。
ここは俺が今回引っかかった部分。
アジア系を含め、かなりいろんな俳優が出てくるのも印象には残った。
ただ、出てる割にそんな美味しい役じゃないなと思う人も結構いた。
やられ役だったり、気付いたらいなくなっていたり。
とはいえ、これも特定の人種だけの話というより、
そもそもこの映画、脇役全体がかなり薄い。
そこに集約される気がする。
太陽神の島、海から見た時点でもう牛しかいない
一方、妙に好きだったのが太陽神の牛の島。
オデュッセウスは予言を受けていて、牛に手を出したら終わると分かっている。
だから陸地が見えても寄りたくない。
でも仲間は限界。
腹減った。
疲れた。
「牛を食わなきゃいいだろ」
「果物だけ取ればよくない?」
みたいな感じで押される。
まあ。
果物だけならな。
となり、船が陸へ近づいていくんだけど
牛。
さらに近づいても。
牛。
木すら見えない。
もう海から見える段階で牛しかいない。
いや、こんな綺麗に牛しかいないことあるんか。
緊迫してる場面なんだけど、俺はちょっと笑ってしまった。
「果物だけなら大丈夫だろ」
と言った直後に、果物の気配ゼロ。牛100%。
あまりにも露骨。
こういう妙な面白さがたまに入るのも、今回見やすかった理由かもしれない。
そして白状すると、俺は冥界パートを寝た
ここまで色々偉そうに書いて何なんだけど。
白状します。
俺は、冥界のところで寝た。
寝不足で約3時間の映画へ行った。
やってしまった。
キルケが仲間を元に戻したところまでは覚えている。
そのあと、気付いたら話が進んでいた。
なので観終わった時、「なんで最後また西へ船で行ったんだ?」
とか、「なんでオデュッセウスは顔を隠して帰ってきたんだ?」とか、普通に分かっていなかった。
後から調べると、よりによって俺が寝ていた辺りに、後半をつなぐ情報がかなり集まっている。
映画版の冥界では死者シノンやアガメムノン、予言者テイレシアスとのやり取りがあり、その後の旅やオデュッセウスの帰還に関わる内容が語られていたらしい。
終盤でオデュッセウスとペネロペが西へ旅立つのも、映画版では失った仲間たちを悼む意味を持たせた大きな改変になっているんだってさ。
そこ俺が寝てたところじゃん。
なので、「『オデュッセイア』って予習必要?」と聞かれた時に俺が一番言いたいのは、予習よりしっかり寝よう。
アテナが「神なのか罪悪感なのか分からん」のも狙いっぽい
あと俺が観ながらよく分からなかったのが、ゼンデイヤ演じるアテナ。
神様なのは分かる。
でも、本当にそこにいる神なのか。
オデュッセウスの罪悪感が見せているものなのか。
俺にはかなり曖昧に見えた。
後から公式の説明を読むと、ゼンデイヤ自身がアテナについて、オデュッセウスの内面にある道徳心を映す鏡のような存在だと説明している。
なるほど。
だから俺が、「これ本物の神?頭の中?」となったのも、完全な見当違いではなかったらしい。
こういうのは神話を知ってる人ならもっと拾えるんだろうなと思う。
3時間は普通に長い。でも最後まで観ると意味が出る
この映画、「3時間だけど一瞬でした!」とは俺は言わない。
長い。
普通に長い。
でも最後まで観ると、あそこまで長く帰り道を描く必要はあったんだろうな、とも思う。
戦争に勝った。
英雄になった。
めでたし、ではない。
帰る途中でも判断を間違え、仲間を失う。
神の掟に触れる。
自分だけが生き残る。
そもそもオデュッセウスの船団が神々の怒りを買い、さまざまな試練を経て仲間を失っていくことを物語の軸。
だから今回の約3時間は、英雄の大冒険というより、帰るまでに色んなものを失っていく男の時間なんだと思う。
全部理解できたわけじゃない。
俺は大事なところで寝てるし。
それでも最後まで観た時、「長かったな」より先に、面白かったぁ……。が出た。
それが俺にはかなり珍しかった。
「すごい」より先に「面白い」が来たノーラン映画
近年のノーラン作品を観るたび、「すごかった」とは思っていた。
でも今回、一番最初に出たのはそこじゃなかった。
面白かった。
映像は今までで一番好きかもしれない。
セイレーンはめちゃくちゃよかった。
IMAXで観てよかった。
マット・デイモンは異様に渋かった。
一方で、
人物は多すぎる。
名前は覚えにくい。
脇役はもう少し掘ってほしい。
約3時間は普通に長い。
そして俺は途中で寝た。
それでも、
『メメント』と並ぶくらい好きなノーラン映画になった。
『オデュッセイア』を観て、
急に「ノーラン最高!」になったわけではない。
最近感じていた引っかかりも、全部なくなったわけじゃない。
でも、「すごい映画を観た」ではなく、「面白い映画を観た」と思えた。
俺にとっては、それが今回一番大きかった。
神話の予習はほぼしなくても楽しめる。
ただ、人物までちゃんと理解したいなら、主要人物だけ軽く見ておくといい。
そして何より。
前日はちゃんと寝よう。
俺からは以上です。